043
「我々の陣の後ろからゴーレム族が現れました」
コボルド族の報告に俺は耳を疑った。
「ゴーレム族が? なぜ? いや、どこからだ?」
「分かりません」
「いまどこにいる? 規模はどのくらいだ?」
頭が混乱した。後ろから敵が来るなんて、想定していなかった。
「知らせはエグの町から来ました。数は五十体ほどだそうです」
エグの町とは、チェリーエント族のじいさんが残っている町じゃねーか。
「五十体か……やっかいだな」
オーガ族と数がそれほど違わないし、陣も作ってない。
ここで挟撃されたら、防衛なんて軽く崩壊してしまう。
だが、どうやって後ろに回り込めたんだ?
町の住民が裏切った? いや、動けないじいさんたち以外はみんな避難していたはずだ。
コボルド族を周辺の監視に付けていた。見落とすはずがない。
チェリーエント族のじいさんたちが裏切るはずもない。
「町の西は軍団長の本陣があるんだぞ。東は瘴気地帯だし……いやまてよ」
「おい、リグ。エグの町近くの瘴気地帯は、どこまで続いている?」
「かなり広い範囲ですが、詳しくは分かりません」
「敵陣の方にまで広がっているか分かるか?」
「そうですね。つながっていると思います」
「ゴーレム族は瘴気に耐性があったよな」
「多少はありますが、足の遅いゴーレム族で 瘴気地帯を抜けられるとは思えませんけれども」
敵が首都の方から来たんじゃなければ、瘴気地帯を抜けてくるしかない。
歩みは遅くとも耐性があれば……抜けられるか? いや、かなり難しいぞ。
「特攻だな。あのギガントケンタウロス族の部隊長、タイマンで負けたからって、姑息な手を使ってきやがる」
「どういうことでしょうか」
「命令して、ゴーレム族を瘴気地帯に突っ込ませたんだろう。それで弱ろうが数が減ろうが、お構いなしなんだ。五十体、現れたって言ったよな」
「はい」
「きっと瘴気地帯に入ったのはもっと多かったはずだ。それこそ八十体とか百体とか」
「で、では、行軍途中で行動不能になるのも構わず進ませたのでしょうか」
「ああ、俺たちの陣の後方に現れたんなら、それしかねえ。……ったく、いけすかねえ手を使ってきやがる。部下を守るんじゃなくて、捨て駒として使ってやがるんだ」
そういう奴をみると、無性に腹が立つ。
「おい、サイファ」
「なんだ?」
「ここを任せる。好きに暴れていい」
「ほいきた。随分と気前がいいな」
「いつも暴れ足りなくて不満げだっただろ。許可するから、暴れてみせろ」
「よっしゃ。じゃ、好きにやろーかな」
「こっちの被害はほどほどにな。それとベッカ」
「なあに?」
「お前は俺についてこい。ゴーレム族狩りだ」
「わあい。好きにしちゃっていいんでしょ?」
「もちろんだ。手加減はいらねえ。ぐちゃぐちゃに潰せ」
「まっかせて!」
「ペイニー、おまえは死神族を引き連れて陣を出ろ。迂回して第三波の悪霊族や屍鬼族を蹴散らせ。あれはオーガ族と相性が悪い」
「分かりました。全滅させてきます」
「全滅させなくていい。数が多いから、気をつけろよ」
「承知の上です。劣勢での戦いは慣れていますので」
「そうか。俺はこの場を離れる。サイファ、ペイニー、それからリグ、ここを頼んだぞ」
「任せろ!」「分かりました」「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ベッカはついてこい。すぐに出る」
「はーい」
見晴らしの丘に町はひとつしかない。
瘴気地帯を抜けて先に町へ向かったということは、伏兵を警戒したか、町を占領して物資を奪いたかったのか、それとも住民を人質にとりたかったのか。
なんにせよ、無人の町を占拠したところで意味はないとすぐ考えるだろう。
遠からずこっちに向かってくるはずだ。
「ねえ、ゴーラン。ゴーレム族ってどんなのがいるの?」
脳筋のベッカらしい質問だ。
「ウッドゴーレム、アイアンゴーレム、ストーンゴーレムとかだ。ほかにもメタルゴーレムやクロムゴーレムもいるな」
「そっか-、見たことないなぁ。どんな感じ?」
「近接専用で、魔法は使えない。防御力は高いが動きが鈍い。お前ならやれる」
「うししし……ならいっか。やれそうだよ」
ベッカには難しいことを言ったって分からない。
説明して分かったように見えても、いざ戦い始めれば、忘れてしまう。
「細かいことはいい。目の前の敵をぶん殴れ。破壊しろ。動かなくなるまで踏みつぶせ。それだけ覚えておけ」
「うひひひ……了解」
町に近づいたが、普段と様子が違っていた。
まったく別物といっていい。
「ゴーラン、なにこれ? 花びらが舞っているよ?」
「チェリーエント族の特殊技能〈桜吹雪〉だ。中に入ると迷うぞ」
「えっ?」
町全体を覆うように、桜の花びらがグルグルと舞っている。
しかもかなり広範囲に及んでいる。
「これは攻撃力はないが、視界を奪うんだ。方向感覚も狂うから、中に入ると迷って彷徨ってしまうぞ」
「えっと、どうすればいいの?」
「何もするなって言ったのに……じいさん、抵抗したら見逃してもらえなくなるじゃないか」
「ねえ、ゴーラン。どうすんのよ?」
「ちょっと待て。考える」
〈桜吹雪〉の中に入れば、俺だって迷う。抜けるのにかなりの時間が過ぎてしまう。
それにゴーレム族には、このような精神に作用するタイプは効きづらい。
「なあベッカ。もしおまえが瘴気地帯を抜けて敵の陣を攻撃しろと言われたらどうする?」
「あんなところを抜けるなんて凄く大変だよね。具合が悪くなるかもしれないし、死ぬかもしれない」
「ああ、そうだな」
「あたしなら絶対に抜ける! って思うかな。そうでもなきゃ尻込みしちゃいそう」
そうだよな。瘴気地帯を抜けるのはかなり大変だ。
あんな場所、絶対に抜けるという意志がなければ、途中で心が折れそうだ。
「よし、ベッカ。この〈桜吹雪〉を抜けるぞ」
「えっ? 迷うんじゃないの?」
「迷う。迷うが、目的地は分かっている。この真っ直ぐ先だ。お前も言っただろ、瘴気地帯には絶対に抜けるという意志で飛び込むと。ここだってそうだ」
「そうだね。よし、入ろう」
「軽いな。まあ、そのくらいの方がいいか。お前は町の場所を知らない。俺の後に付いてこい」
「了解。頑張ってね、ゴーラン」
「任せろ」
俺たちは〈桜吹雪〉の中に足を踏み入れた。