042
夜の会議に出席した。
最近思うのだが、見るたびにロボスがボロボロになっていく。
毛つやは悪く、焦げたり、血が付いたり、抜けたりしている。
これではロボスではなく、ボロスと呼んだ方が合っていそうな気がする。
「さあて、今夜も会議をはじめるよー……ん、ゴーランどうしたの?」
「そこのボロス……じゃなかった、ロボスだが、生きているのか?」
椅子の上でぐったりしている。
「うーん、やっぱりロボスには天狼族の相手は無理だったかな」
「そ、そんなことありません、ネヒョル様」
「そんなことあるだろ」
どう見たところで、負け続けている。
「そうなんだよね。……ゴーランのところと入れ替えてみる?」
「それでもいいが、敵はこっちの動きを見張っているだろ?」
見張りがいるのは確認ずみだ。
負け続けているロボスの陣を入れ替えたら、中央に強い奴がやってきたと敵は考える。
「ゴーランが中央に来たら、それに合わせて敵も部隊を動かすこともあるけど、ボクの予想としては陣を動かさないでひと当てしに来ると思うな」
中央を担っているのは天狼族で、あれはプライドが高い。
変わってくれと言われても、変わらない公算が高いとネヒョルは言った。
「なら代わるか?」
できれば早く決着を付けて、俺は村に帰りたいのだが。
「いま少し。あともう少しだけお待ちくだされ、ネヒョル様」
「……って、ロボスは言っているけど、ゴーランはどう思う?」
ネヒョル軍団長はいつもこんな感じで、部下の意見を取り入れようとする。
「別に俺はどっちでも構わないぜ」
「ならこのままで……また明日考えようか。じゃ、今日の報告を聞くね。ゴーランはどんな感じ?」
「どんな感じもなにも……昨日と同じで、ただ見ているだけだった」
「動きはなしか。これは長期戦になるのかな」
「さあな。敵が出てきてくれなきゃ、どうしようもねえな」
「そうだよね。イリボとグルボはどうだった?」
「陣の近くまで来ましたので矢を放ちました。昼前には戻っていきました」
「なるほど。あそこは斜面が急だからね。取り付ける場所はほとんどないから、攻めにくいんだろうね。けど気を抜いちゃだめだよ。来る時は一気に来るだろうから」
「はい。十分注意しております」
「問題ありません」
ゴブゴブ兄弟のところも激しくないらしい。ということは本気で攻めてきているのはボロスの中央だけか。
舐められているんじゃないか?
敵の動きは前日と変わらなかったので、作戦の変更もなく今まで通りということになった。
その後はとりとめない会話をして、会議が終わった。
翌朝、いつもの睨み合いかと思ったら、敵に動きがあった。
「ほう、向こうからやってくるのか、珍しいな」
迎撃の用意はできている。というか、それくらいしかすることがなかったので、迎撃準備は今日も完璧だ。
「敵は丘を登ってくるぞ。手はず通りに〈岩投げ〉だ!」
「うぇーい」
〈岩投げ〉を持っている者はそれを。持っていない者は〈腕力強化〉にして、敵を迎撃することにした。
この日のために岩だけはたくさん用意しておいたのだ。
「投げろ!」
一斉に子供の頭ほどもある岩が放物線を描いて飛んでいく。
敵までかなりの距離があるが、オーガ族の腕力を舐めてはいけない。
まるで場外ホームランのような勢いで岩がポンポン飛んでいく。
直撃すればよくて瀕死。たとえ当たらなくても、斜面を転がっていく岩にぶつかれば骨折は免れない。
転がっていく岩は想像以上に凶器なのだ。
「先陣はケンタウロス族か。さすがに速いな」
馬防柵があるから、快進撃はそこで止まる。
後続はオーク族の長槍隊のようだが、それが到着するまでにできるだけダメージを与えておけばいい。
陣を挟んだ攻防では、乗り越えようとする方に多大な犠牲がでるのだ。
「第三波が敵陣を離れました」
「ほう。今日は第三波まで出してきたか……敵は本気だな」
ケンタウロス族、オーク族ときて、次は何かを視線を巡らすと、グール族とナイトウォーカー族の混成部隊が見えた。
屍鬼種だ。ゾンビ族や餓鬼族なんかと同じ種で、戦闘能力はオーク族よりも高くない。
数だけは多いが、戦力としてはそれほど期待できないはず。
「そういえば、小魔王レニノスの国が滅ぼした中に悪霊種や屍鬼種の国があったような」
第一次見晴らしの丘防衛戦では、俺たちの部隊がレイス族に苦しめられたのを思い出した。
グール族は〈麻痺毒〉、ナイトウォーカー族は〈夜の痛み〉という特殊技能を持つ。
ひとつひとつは大したことがないが、集団でかかられると厳しい。
「そうか。戦闘能力が低いから後出しなわけだな。こりゃ、なんとしても柵で食い止めないとな」
悪霊種で怖いのはナイトメア族だ。あれは遠距離からでも、悪夢の魔法を放ってくる。
敵陣にいないことを祈るばかりだ。
「いいか、絶対に敵を通すんじゃないぞ」
「うぇーい」
馬防柵はいい加減なものではなく、しっかりと計算して作成している。
そのため、ケンタウロス族といえども、簡単に乗り越えることができないでいる。
「敵は攻めあぐねているな。昔の俺たちを見るようだ」
レイス族に阻まれて敵陣を越えられなかった苦い思い出。
あれのせいで俺は部隊長に下克上を申し込む羽目になった。
「岩はまだまだあるぞ。疲れたら交代しろ」
オーガ族にとって、いま投げている岩など、野球のボールくらいの重さしか感じていない。
そのため、やたらと鋭いスピードで飛んでいく。
「あれ、時速百五十キロメートル以上出ているよな」
後先考えずに本気で投げているから、ときどきオーバーキルになっている。
特殊技能を使えば、少しずつ体内の魔素が減っていく。
いいかげんな所で止めさせないとと思っていたら、伝令が駆け込んできた。
来たのはコボルド族だ。何があった?
「我々の陣の後ろからゴーレム族が現れました」
「なんだと!?」
後ろから? どういうことだ!?