038
敵のボスはギガントケンタウロス族だが、前回戦った大牙族と比べてどうだろう。
おそらく大牙族よりもギガントケンタウロス族の方が上だ。
そもそもケンタウロス族は、馬の機動力に加えて、ずば抜けた膂力を持っている。
武器を片手に、盾や鎧で武装することもある。
戦うにはかなりやりにくい相手だ。
それの最上位種になった場合、能力は全体的に底上げされている。
そんなのと戦うわけだ。策くらい弄させてもらおう。
「左、遅れているぞ。もっと走れ」
「うぇーい」
中央を走る俺たちにくらべて、左右のオーガ族が遅れている。
当たり前だ。彼らは重い荷物を持っている。
――馬防柵という大荷物を。
俺がこの方法に気づいたのは、〈腕力強化〉したオーガ族が、自陣の防衛力をあげるために設置した「できあがった後の馬防柵」を持ち歩いていたからだ。
馬防柵は、一部を地中に埋めて敵の突進を受け止める。
その際、ずれないように岩で補強するのが一般的となっている。
奴らはあろうことか、埋める前の馬防柵を持って歩いてやがった。
「そりゃオーガ族だから、持ち歩くくらいするか」
盲点だったと言える。あるいは、日本人だったころの常識にとらわれていたか。
現場で組み上げるものとばかり思っていたら、木を切り出したそばから針金で組んでいきやがった。
三角柱を横にしたような馬防柵を二人掛かりで抱えて運んでいたのだ。
それを見たとき閃いてしまった。
ギガントケンタウロス族を仕留めるのは大変だ。
力で圧倒できたとしても、不利になれば逃げられる。
奴が逃げに転じれば、百パーセント逃げられてしまう。
だったらどうするか。
俺は左右のオーガ族を見た。
「あいつら……組んだ丸太を抱えて、よく走れるな」
組み上がった巨大な馬防柵を数人のオーガ族が持って走っている。
これでギガントケンタウロス族の逃げ道を塞ぐのだ。
「陣を越えたぞ。敵は目の前だ」
敵も驚いただろう。
馬防柵ごと敵が突っ込んできたのを見た経験はないに違いない。俺も初めてだ。
ギガントケンタウロス族は、その名が示すようにデカい。ギガントというくらいだから、とにかくデカい。
探すまでもなく、敵陣の中ですぐに見つかった。
「囲め!」
ギガントケンタウロス族の左右に馬防柵が設置された。
将棋で言えば俺は銀、ちまちま動くくらいしか能が無い。
敵は角ではなく、馬だろう。角がひっくり返った馬だ。
普通ならちょっと勝てる気がしない。
だから囲んだ。囲んでその機動力を取っ払った。
「これでいい」
俺は不敵に笑った。
俺の後ろから付いてきたペイニーたち死神族は、馬防柵の大外を回って、ギガントケンタウロス族の後ろについた。
駄兄妹は俺の後方を守ってくれている。
回り込んできた敵を蹴散らしてもらう。
これで包囲網は完成である。
敵は胡乱げにこちらを見ている。かなり警戒しているようだ。
戦場で静かなのはここだけ。他はオーガ族が暴れまわっている。
どっちが優勢だか分からないが、数が違うので、時間がかかれば、それだけこっちが不利になる。
やるなら早く決着を付けねばならない。
俺がギガントケンタウロス族の前に立つと、後ろで死神族が動いた。
ペイニーが持つ特殊技能は〈首狩り〉、〈恐怖〉、〈一撃死〉など。
〈首狩り〉は格下の首を一撃で落とす技で、今回は使えない。
成功率の低い〈一撃死〉もだ。
だから俺は〈恐怖〉を使うよう指示を出した。
〈恐怖〉は悪霊種ならばほとんどが持っている基本的な技能だ。
事前に告げたら、ペイニーは不満顔だった。だれも使わない技らしい。
なるほど、それを使うペイニーですら、〈恐怖〉の真の恐ろしさを分かっていないわけだ。
というか、魔界の住人は特殊能力について無頓着すぎる。「ただ在る力」としか認識していない。もったいないことだ。
それが及ぼす効果の大きさ、範囲、出来ること、出来ないことの境界を見極めようとしないのだ。
「やれっ!」
俺の言葉で死神族が一斉に〈恐怖〉を放つ。
〈恐怖〉はただ漠然と「何か怖い」と思わせるだけの能力と認識している者が多い。
それは正しい。が、それだけではない。
〈恐怖〉を放つ者が持つイメージを乗せられることは、あまり知られていない。
というのも敵味方、互いに同じ認識を持っていないと効果がないからだ。
死神族が持つイメージと、敵が持つイメージが同じでなければ効果を発しない。
ゆえにただ漠然とした恐怖を与えるだけになってしまう。俺が思うにそれは怠慢だ。
相手が持つイメージを理解し、それを送り込んでやればいいのだ。
たとえば、死神族の持つ〈一撃死〉のような。
「……!?」
ギガントケンタウロスの顔が歪んだ。
〈恐怖〉によって、〈一撃死〉のイメージが送り込まれたのだ。死神族は二十体いる。つまり使われた〈恐怖〉の数は二十。
この地方で死神族が迫害された理由を知らない者はいない。
魔王すら倒してしまう〈一撃死〉はあまりに有名だ。
その〈一撃死〉と死のイメージがギガントケンタウロスに届いた。
「〈一撃死〉の成功確率は極端に少ねえ。それでも上位の死神族が放つんだ。おまえ相手だと一パーセントか? もっと少ねえか? それでも二十人もいりゃ、かなりの脅威だな」
いまはただイメージが送りこまれているだけ。死ぬことはない。
だが、ギガントケンタウロス族の顔色は悪い。
左右には巨木で作った馬防柵。後ろには死神族の集団。前にいるのは俺。
さてここで問題だ。状況を打破するならば、奴はなにを選択する?
答えはひとつ。俺を倒して逃げるしかない。
そう誘導させたのだから当たり前だ。
(おい、頼むぞ)
俺は「おれ」に声をかけた。
こんな肉体派のギガント種など、いまの俺では太刀打ちできない。
身体をおれに明け渡す。
ここまでは作戦通りだ。
――あとは任せたぜ、おれ。