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俺とダルダロス将軍との試合。
負けた。
遠距離からの魔法でも『魔素吸収』さえあれば対処できると思ったが、先のファルネーゼ将軍と戦ったとき以上に、狡猾に攻めてきた。
『魔素吸収』できない角度から強襲してくるのだ。
本人も高速で動くし、魔法も動く。
結局、頼みの綱の『魔素吸収』は失敗ばかり。
被弾を浴びていくうちに動けなくなったので、降参した次第だ。
ああいう戦い方もあるのだと勉強になった。
一応行動を予測して、武器を斬り落としたりしたんだが、反撃はそこまでだった。
まあ、国の代表になりたいわけではなかったので、それは良しとする。
そのうち戦略を練り直して再戦するかもしれない。
魔法を自由に曲げてくるのに対策してからだが。
こうして頂上決戦は、ダルダロス将軍の優勝で終わった。
他国の連中は満足したのだろうか。
世間的には、メルヴィスが大魔王に復帰した記念の大会だと発表してある。
大魔王の国の戦力が見られるのだから、満足したのだと思う。
さてその肝心のメルヴィスだが、最後まで顔を出さなかった。
人界行きの準備に余念がないのは分かるが、少しは魔界のこと、自分の国のことを気に掛けてもいいのではなかろうか。
メルヴィスにとって、魔界はヤマトの帰る場としての意味しかないのかもしれない。
残念なことだ。
「ということで、ゴーラン、頼んだぞ」
「はい」
そして俺は将軍になった。
ダルダロスが将軍職を抜けて、この国の代表となった。
対外的にはメルヴィスの国のままなので、変わったのは俺が昇進したくらいだ。
負けたのに昇進とは、なんだか解せない。
そして、誰にも見送られることなく、メルヴィスは旅だった……と思う。
「と思う」としたのは、メルヴィスは寝室となっている石室に篭もってしまったからだ。
人界に行くには、肉体から魂を切り離さなければならない。
石室の入り口には強固な結界が張られていて、俺レベルでは破壊することは不可能である。
大魔王が二人くらいいれば、破壊できるかもしれない。
なんにせよ、そのせいで石室の中が伺い知れないのだ。
「ジッケとマニーの姿が見えませんね」
見えないのは最初からだ。
メルヴィスが石室に入ってから、二人の気配が消えた。
おそらくついていったのだろう。
あれはあれで、メルヴィスに心酔しているのではないかと、俺は思っている。
メルヴィスが戻ってくるまで、石室の中で仮死状態にでもなっているのかもしれない。
「私たちのやるべきことは多いぞ。メルヴィス様が戻ってきたときのために、しっかりとこの国を守っていかねばならないからな」
ファルネーゼ将軍はそう言うが、俺はもうメルヴィスは戻ってこないと思っている。
これまでメルヴィスは、ずっとヤマトを探していた。
人界へ行ってしまえば、こっちに未練はないのではなかろうか。
そしてヤマトの死を回避するために、あらゆる手を尽くすような気がする。
人界のことは、ヤマトとメルヴィスに任せる。
俺は知らん。
「部下たちを守らないといけませんし、手は抜きませんよ」
俺が将軍になったことで、部下が増えた。
そのため半端なく忙しい。
部下をこれから鍛えなくっちゃならないし、俺の意志とは関係なく国のことを考えて、意見を出さなくっちゃならない。
ファルネーゼ将軍に「向いてないので、辞めていいですか」と聞いたら、「そういえばツーラート将軍がまだリハビリ中だったな」とか返された。
「大変ですね」とすっとぼけて帰ってきた。
しばらくは将軍職に専念するしかなさそうだ。
「まあ、いま魔界が静かだし、いいか」
メルヴィスが人界へ行ったのは極秘情報だ。
俺たち将軍しか知らない。
支配の石版には大魔王メルヴィスの名が残ったままだし、周辺諸国は嫌と言うほど恐ろしさを理解している。
当分は安心できるだろう。
これが今後も続くことを祈ろう。
「ゴーラン様、新兵がやってきました」
「御苦労、リグ。とりあえず隣の奴と戦わせて、勝った奴だけ残してくれ。負けたのは、城の周りを暗くなるまで走らせる感じで」
「分かりました。さっそく取りかかります」
リグが俺の副官をやってくれている。
リグのおかげで、いまも随分と助かっている。
このまま俺は、この国で将軍として馴染んでいくのだろうか。
「それも悪くないか」
空を見上げると、真っ白な雲がたなびいていた。
「世はこともなし……か」
遠くから「うおおおお」なんて声が聞こえてきた。
早速新兵訓練が始まったようだ。




