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俺はなぜ、メルヴィスの使い走りをしているのだろう。
直属の部下がいるだろうに、なぜ俺が?
「ゴーラン。長かったな」
城の回廊を走っていると、ファルネーゼ将軍がやってきた。
「そうですね、冥界に行ってましたので」
「はっ?」
「何言ってんだ、コイツ」みたいな顔をされた。
また死んだのかと思われたのだろうか。
でもそう言うしかないよな。「冥界に行っていた」って。
「メルヴィス様の特殊技能らしいので、俺も詳しいことは分かりません」
「そ、そうか……」
それで黙ってくれた。
そういえばメルヴィスの特殊技能って、とにかく『死』を連想させるものが多い。
魂を揺さぶるというか、攻撃で肉体を損傷させるとかでなく、直接的な死を連想するものが多い。
いかに強力な魔界の住人であっても、魂を攻撃されたら嫌だろう。
みながメルヴィスを恐れるのも分かる気がする。
「メルヴィス様からの命令で、将軍をすべて集めよと」
「はっ?」
また「何言ってんだ、コイツ」って顔をされた。
魔界が大混乱しているのに、一カ所に集めよって、また無茶な命令だよな。
「これについては、ヤマト様に関する重大な案件ということで……俺が言っていいかどうか判断つきません」
「そうか……呼び寄せるのはできるが、国境を……だが、命令とあれば……」
「どうせなら、軍を撤退させたらどうでしょう。ヤマト様の案件です。国境で何かあってもメルヴィス様が解決して下さいます」
ヤマトに関わることなのだ。
邪魔が入ったと「告げ口」すれば、憤怒して排除しにいくと思う。
「そういう考えもできるか」
ファルネーゼ将軍も納得してしまった。
一、二回は攻め込まれるだろうが、そうなったらメルヴィスは必ず出てくる。
そのとき、自軍がいない方が「被害が少ない」。
メルヴィスの魔法は敵味方巻き込むし。というか、俺が巻き込まれたし。
あと大魔王ダールムの国と、魔王トラルザードの国から攻めてくることはない。
攻めてくるのはメルヴィスの恐ろしさを知らない若手ばかりだ。
そういう連中は、軍が一瞬で壊滅すれば考えを変えるだろう。
「よし、とりあえず将軍をすぐに呼び寄せよう。配下の中でもとびきりのを使者に立てればいいな」
とびきりって、この前俺の手足を掴んで運んだ連中だろうか。
あいつら、一発くらい殴っていいよな。駄目かな。
決断してからのファルネーゼ将軍は早かった。
まず将軍だけをすぐに呼び寄せる使者を出した。
その後、軍師のフェリシアを呼んで、軍の撤退を試算させた。
フェリシアは急な撤退に驚いていたが、「メルヴィス様が出て行ったときを考えてみろ」とファルネーゼ将軍に言われて、すぐに仕事に取りかかっていた。
「メルヴィス」って、ある意味強力な呪文だと思う。
世界崩壊の呪文「メルヴィス」……だれか広めないかな。
などと空想しているうちに日は流れ、城に将軍たちが集まってきた。
その間俺は、ジッケとマニーを追い回していた。
奴らの姿が見えないアドバンテージは、すでにない。
見ることは相変わらずできないが、気配さえ覚えてしまえば、ある程度察知できる。
城の者から話を聞いたところ、あの二人はかなり悪戯好きで、しかも洒落にならないレベルでの悪戯を仕掛けてくるらしいので、懲らしめてやろうと思ったのだ。
というわけで俺は、連日ジッケとマニーを追い回している。
なぜ俺がメルヴィスの鎖が見えたり、ジッケとマニーの気配を察知できたりするのかというと、俺が「魂」に深く関わったからではないかと思っている。
臨死体験した人物がその後、不思議な力を得るように、魂について造詣が深くなったゆえか、俺がそういったものに敏感になったらしいのだ。
「まっ、前世でいう『霊感が宿った』ようなものか」
魂が見える、霊魂が見える、幽霊が見える……それに近い能力に目覚めてしまったのだと思う。
ファルネーゼ将軍がやってきた。
「ゴーラン、メルヴィス様が呼んでいる」
「へっ? 俺ですか? 今から会議では?」
ようやく三将軍が集まったので、これから会議を開くと聞いていた。
「そこへゴーランも呼ぶようにというお達しだ。一緒に来い」
「分かりましたけど、コレどうしましょう」
「ん? どれだ?」
「手に持っているのは……ジッケの方ですね」
捕まえたのでボコボコにしておいた。
「…………」
数日ぶりに見た。ファルネーゼ将軍の「何やってんだ、コイツ」っていう目。
「放っておきましょう」
ジッケを放り投げて、手を払う。パンパンと小気味よい音が響く。
「……行くか」
「はい」
ちなみに、どこかの馬鹿どもが攻め込んで来たという話はきかない。
そのかわり、行商人たちからとある噂を聞いた。
――メルヴィス様が大魔王に復帰したことで、魔界が大人しくなった
そんな噂だ。
これを運んできたのは、空を飛んで行商している非戦闘種族たち。
町から町まで最短距離を飛んでくるため、情報が早いのだ。
地上をやってくる連中はまだ道なりに進んでいるため、あと数日は遅れるだろう。
噂が事実ならば、他国から攻められるという事態は避けられそうだ。
誰もが小覇王ヤマト麾下で、三強のひとりとされる『不死のメルヴィス』の名を思い出した頃だろう。
魔王トラルザードなどは、名前を聞いただけでガクブルするほどだ。
昔のメルヴィスはいったいどれだけヤンチャだったのか。
「まあ、今でもヤンチャか」
俺も殺されかけたし。
「どうした、ゴーラン。会議に遅れるぞ」
「あっ、ハイ、すみません。いま行きます」
メルヴィスと三将軍の会議に参加するため、俺は歩を速めた。