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メルヴィスは、「浄化された魂を回収する」などと無茶なことを言い出した。
ヤマトのいる人界へ行くのに労力を惜しまないというか、行動がブレない。
と言っても、魂だけの状態なのだ。
それでどうするのだろうと思っていたら、俺はあることに気付いた。
(あれって、メルヴィスの胸から出ていた鎖か?)
よく目を凝らすと、メルヴィスからうっすらと糸のようなものが出ていた。
いまメルヴィスも俺も、他の魂と同じ状態だ。
淡い色の球をしている。丸い人魂みたいなものと考えてほしい。
そこから糸が一本、出ているのだ。
メルヴィスから出ている糸。
それを見て、俺は真っ先にあの「鎖」を思い浮かべた。
(魂から出るなんて、まるで運命の赤い糸だな)
といっても、糸は赤くない。薄い蛍光色だ。
もし赤などの濃い色だったら、俺もすぐに気がついた。
その糸の先を辿っていくと……俺に繋がっている!?
もしかして、俺とメルヴィスは運命の……
(いや、違うか。糸は俺を通り越している)
危なかった。俺とメルヴィスが糸で結ばれているのかと思ったわ。
それはちょっと困る。
糸は冥界の海の中へ続いている。
「あの、その糸は何か分かりますか?」
思い切って尋ねてみた。
今まで見たどの魂にもそんなものは出ていなかった。
糸が出ているのはメルヴィスだけだ。
「糸? ……ふむ。気付かなかったわ」
目を凝らさなければ見えないほど薄く細い。
気付かないのも無理はないと思う。
「もしかして、胸から生えていた鎖ではないでしょうか」
あの鎖は、引っ張ろうとしても抜けなかった。
支配のオーブから出ているらしいということだけは分かっている。
支配のオーブ……つまり、魂の器だ。
あの鎖は支配のオーブの中、つまり魂から伸びていたのかもしれない。
だとすれば魂だけの状態の今、それが糸として、魂から出ているのは不思議ではない。
「鎖か……なるほど。とするとその先が気になるな」
メルヴィスは、気になると確認せずにはいられない性格のようだ。
メルヴィスはすぐに冥界の海へ潜った。
もちろん俺も付いていく。
気になった瞬間にはもう行動だ。
思ったよりせっかちだ。
そして冥界の海を一直線に進む。
俺は付いていくのに必死だ。
グイグイと海の深部に進んでいく。
糸の先に何があるのか、俺もものすごく気になる。
しばらくして速度が落ちた。
どうしたのかと考えていると、メルヴィスはある魂の前で止まった。
メルヴィスから伸びた糸は、目の前の魂と繋がっていた。
(これって、運命の相手とか?)
メルヴィスにも春が?
俺がそんな風に思っていると……。
「これはヘラの魂だな」
「えっ!?」
その魂。メルヴィスには見覚えがあるようだ。
生前見知った相手ならば、魂になっても判別できるようだ。
俺も数ある魂の中から、メルヴィスの魂だけは判別できる。
生前俺たちは、顔などの外見的特徴だけでなく、魂すらも知覚しているらしい。
とするならば、ヘラと戦ったことがあるメルヴィスが知っていてもおかしくない。
というかメルヴィスの鎖は、ヘラにつけられた呪いだったはずだ。
そのせいでメルヴィスの能力が制限され、大魔王から小魔王へ支配の石版が書き換わってしまったのだから。
「ほとんど浄化しておるな」
「……そうですね」
ヘラの魂は綺麗なものだ。
冥界の海に漂う魂のほとんどは、濁って……言い方がよくないが、魂に色や模様がついている。
俺とメルヴィスは、魂が身体と繋がっているからか、色つきだ。
斑にはなっていない。
おそらく斑状になっている魂は、その部分だけ浄化が進んでいるのだと思う。
そしてほぼ無色に近い透明になった魂は、他と違って澄んでいる。
色無しは浄化済みなのだろう。
そう考えると、メルヴィスがヘラと断定したこの魂は、ほとんど浄化されていると言える。
「ですが、なぜ?」
天界の住人であるヘラは、自分とメルヴィスの魂を結んだのか。
当時のメルヴィスは魔界の大魔王だったはずだ。
「ヘラの目的は昔から人界へ行くことのみ。そのために行ったとしか思えん。だとすると……」
「俺」と「オレ」の魂を融合したように、ヘラは同じようなことを以前も考えていた可能性がある。
なるほどと思う。昔の研究、もしくは実験。
たとえば、「俺」と「オレ」は、魂の双子かもしれないと言われた。魂が似通っていると。
同じように、ヘラが魂を繋げる相手は、やはり「同等の実力」がなければならないのではなかろうか。
エンラ機関のトップだったヘラと同等……天界でも中々相手は見つからないだろう。
また、魂を良くないことに使う場合、相手の了承を得られない可能性もある。
魔界で同等の力を持つ存在……メルヴィスなどは適任だったのではなかろうか。
そう考えると見えてくるものがある。
この研究はまだ実験段階。失敗したとしたらどうだろう。
いま分かっているのは、浄化した魂と一緒ならば冥界を通して人界へ赴けるということ。
そのために魂を繋げるのが限りなく難しいか、もしくは同等の魂を見つけるのが困難である。
結局ヘラはメルヴィスと魂を繋げるのに成功したものの、そのままヤマトと消え去った。
天界では当時のヘラの研究が成功したのかどうか分かっていない。
ゆえにその研究は実現可能性が低いと却下されたのでは?
何しろその後、擬人の器に二つの魂を融合させる実験では、多くの死者を出している。
そんな危険な実験を自分の身体で行いたいと思う天界の住人はいないだろう。
だからこそ、ヘラの成功例があるにもかかわらず、自分と同等の相手を魂で繋げる実験は破棄された。
「この魂、使えるかもしれんな」
俺がそんなことを考えている間に、メルヴィスは別のことを考えていたようだ。
ほぼ浄化されたヘラの魂を使って、ヤマトのいる人界へ行こうというのだ。




