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死んだ魂が辿る道筋。それを俺は思いだした。
思い出してみれば、「なんだ、そんな簡単なことだったか」という感じだ。
人間だった俺は死んで、冥界に行った。
本来ならばそこで魂が浄化されるまで漂っていなければならない。
だが天界の連中の実験に使われ、「オレ」と融合した。
死んで冥界に向かったときのことを俺は思いだした。
なるほどと思った。
魂はゼウスの結界を抜けるわけだ。
人界をゆで卵にたとえるなら、冥界への入り口は黄身の部分にある。
結界は卵の殻と考えれば分かりやすいだろうか。
結局、魂がゼウスの結界を抜けるのではなかったのだ。
魂の行き来は、ゆで卵の黄身の部分を通して行われる。
その行き方を俺は知っている。
人界へ行くための障害の大部分が取り除かれた形だ。
あとは、いかにその黄身の部分にたどり着くかだけ。
そしてそれを可能とするのが、俺の臨死体験。
まさか、仮死状態になったことがここで生きてくるなんて、人生何がおこるか分からない。
冥界には海と空がある。
魂が海と空を行ったり来たりする。
海から蒸発した水が雨となって降り注ぐイメージでも問題ない。
それを何回、何十回、何千、何万回と繰り返していくうちに、魂は少しずつ浄化されていく。
浄化された魂は、記憶という転生に必要ないものがなくなる。
そんな魂だけが、海の下に潜っていくことができる。
海の底には転生するための道ができている。
ちなみに底へ行くまでには、何度も格子のようなものを通過する。
そこで魂は、「ふるい」にかけられる。
それらをすべてかいくぐった魂だけが、冥界を抜けることができるのだ。
どうやら、浄化された魂には、なんらかの引力が働くようだ。
海の底へ、底へと、誘われるらしい。帯電すると考えてもいい。
引き寄せられるように魂が沈んで、最後は底に到達する。
「俺」が「オレ」と離れたのは、底に到達する直前だ。
底から転生へは、一本道だった。
道と表現しているが、トンネルみたいなものだ。
そこに「二つの魂」が通過する余地はない。
あのままだったら、俺の魂は直前でつっかえて、立ち往生していただろう。
本来ならば、「俺」が離れるべきだった。
「オレ」が転生し、「俺」は冥界の海と空の間を行き来しながら魂の浄化を受けるべきだったんだ。
だがそのおかげで、いろいろ分かってしまった。
「人界へ行く方法が分かりました」
俺はそうメルヴィスに言った。
そう、難しいことはなかったのだ。
浄化された魂と一緒ならば、俺だろうがメルヴィスだろうが、魂は転生するための道近くまで行ける。
あとは最後の最後で魂を切り離せばいい。
そうすれば、自動的に魂は転生への道へ入っていく。
俺はそのことをメルヴィスに伝えた。
すべて、余すところなく伝えた。
俺の記憶が確かならば、それで行けるはずだ。
俺の記憶すべてを伝え終えると、メルヴィスの反応は劇的だった。
「試す価値はあるな」
メルヴィスは立ち上がり、歩き出した。
「……えっ?」
「どうした、ついてこい」
「ええっ?」
メルヴィスは後ろを見ずに歩き出す。
慌ててついていくと、何百年も封印されていた寝所に入っていった。
そこは石室だった。
寝所というからには、もうちょっと生活感のあるものを想像していたが、ここはただの石室。
中央に台座があるだけの簡素な場所だ。
「どうした、座らんか」
「は、はい……」
台座の下……床面に、俺はあぐらをかいた。
「いくぞ」
「えっ?」
行くって、どこに?
ここからどこへ? と思ったら、視界が揺れた。
あっ、ヤバいと思ったのも束の間。
すぐに意識が混濁する。そして……
白い霧が立ちこめる……ここは支配のオーブの中だ。
強制的に連れてこられたらしい。
なにこれ、俺死ぬの?
「……えっと、どうするのでしょう?」
目の前にメルヴィスがいる。
おそらく俺の支配のオーブに入ってきたのだ。
「冥界への扉をいま開く」
「…………」
即断即決かよ。
メルヴィスの力を持ってしても難事業なのか、足下に穴が出現するまで、かなりの時間を要した。
というか、本当に冥界へ行くのか。
ここまで来たらもう自棄だ。毒皿まで喰らってやろう。
俺とメルヴィスは、穴の中に身を躍らせた。
もちろんその先には、冥界の海が広がっている。
俺は意識を失うことなく、冥界にやってきたようだ。
冥界で意識があるのはこれで二度目。なかなかできない体験だ。
いま俺の状態がどうなっているかというと、うすぼんやりとした球というのが近い。
メルヴィスも同じだ。
なぜか近くにいるのが、メルヴィスの魂だというのが分かる。
「いくぞ」
メルヴィスの魂が海に飛び込んだ。
俺も後を追うが、海に飛び込んで大丈夫なのだろうか。
冥界の海に捕まって、魂の浄化に巻き込まれたりしないだろうか。
メルヴィスは迷うことなく、どんどんと海を潜っていく。
必死についていくが、何をしたいのだろう。
不意にメルヴィスが止まった。
「ふむ……やはりこれ以上進めんか」
格子がある。
格子というのは比喩だが、ここに「ふるい」のひとつがある。
目は粗い。
ここを通り抜けられそうに見えるが、何の力が働いているのか、弾かれる。
つまり浄化されていない魂は、ここより下には行けないようだ。
浄化された魂と一緒ならば大丈夫なのだろう。
メルヴィスはその後も、海の中を縦横無尽に動き回るも、ある一定以上の深さから先へは進むことができなかった。
「この底に人界への道があるのであろうが、やはり無理か」
無理だということを確認したかったらしい。
相変わらず、ヤマトのことになると腰が軽い。
これで諦めて帰るのかと思ったら、今度は海の上層部に向かった。
ついていく俺の身にもなって欲しい……愚痴は言わないけど。
「浄化された魂をひとつ回収するか」
いや、回収って……魂の状態なのに無理でしょ。
簡単にできたら、天界の連中がやっている。
そもそも俺たちには、身体も無ければ、手だってない。
魂だけの状態なのだ。どうやって回収するつもりなのか。
そんなことを思っていた所、俺はある事に気付いた。




