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俺はブーレイたちと合流して天界の住人が作った拠点を叩きに行く。
林を抜けて、敵の建物が見える距離まで近づけた。
ここから建物までは、あたり一面が平地であることを考慮しても直線距離にして二、三キロメートル先。
そこで天界の住人たちが戦っていた。
建物から出た天界の住人たちは、千体くらいいるのではないかと思われる。
それらが建物の周囲に集まり、自分たちの聖気を使って結界を維持しているのだ。
なぜならば……。
――ぶわっ
颶風がここまで届いてきた。
メルヴィスの放った魔法によって、聖気結界が歪み、浸食されたのだ。
その魔法の余波がここまで吹き付けてきた。
「今のを吸い込むな! 腹の中をやられるぞ!」
何人かが不用意に吸い込んでしまい、腹の中のものをぶちまけた。
血が混じっていることから、内臓が溶けたか傷ついたのか。
「これがメルヴィス様の戦いか……ダールム様が交戦を避けよと言うわけだ」
俺のとなりにいたブーレイは、もう数歩も後方に下がっていた。
無理はない。
メルヴィスの魔法はここを狙ったのではない。
それどころか、大半は聖気結界を浸食するために使われている。
ここまで流れてきたのは、ほんの少し。
にもかかわらず、部隊に大きな被害が出てしまった。
内臓をやられた者はすでに後方に下がっている。
俺もブーレイと一緒に林の中に戻った。
「メルヴィス様は、聖気結界を単独で破壊するつもりらしいですね」
先ほどの魔法で、聖気結界の範囲が見えた。
建物を中心に数百メートル張られていた。
通常、結界を何とかするには、中に入って敵を全滅させればいい。
というか、攻略する方法はそれしかないはず。
はずだったが、メルヴィスは外から魔法を撃って破壊しようとしている。
なんて無茶なことを考えるのか。
対する天界の住人は、総出で結界の維持をしている。
浸食された部分に聖気を出して補強しているのだと思う。
「魔素と聖気、どちらが先に尽きるかだが……あんな方法で各拠点を潰して回っていたのか」
どおりで被害が大きいわけだと、ブーレイは悩ましげに語った。
結界の中に入って戦えば、戦いの威力は限定的。
結界の外にはそうそう漏れ出ることはない。
だが、これまでメルヴィスが戦った場所の被害は、酷かったという。
あれを見る限り、力業で結界を破壊し、その上で蹂躙している。
「つまり、どういうことですか?」
何となく嫌な予感がして、俺は聞いてみた。
「いま使っている魔法は、聖気を浸食するもの。おそらく聖気以外でも浸食可能だろう。目的は決まっているから、被害は最小限。あの変な風の影響範囲外にいれば問題ない」
「そうですね。この周囲は破壊された様子もないですし」
林の中はとくに変化はない。
「結界がなくなってから本格的な戦いだ。天界の奴らとメルヴィス様が戦う場合、天界の連中の中には、戦う者、距離を置く者、逃げる者もいるかもしれない。メルヴィス様は等しくそいつらに魔法を打ち込むと思う」
「つまり結界のない状態で四方八方に? 被害はもしかして……」
ブーレイは重々しく言った。
「周辺の被害はいまの数倍、ヘタをすると数十倍に膨れあがる」
俺も考えてみたが、ブーレイの考えを否定する材料は見当たらなかった。
そういえば一度、流れ弾が飛んできていた。
「これはひょっとして、ここにいたらヤバいんじゃ……」
俺がそこまで言いかけたとき、足下から今まで見たこともないほど濃厚な魔素の風が吹き付けてきた。
「結界が割れたか!?」
結界浸食に使っていたメルヴィスの魔法が、行き場を無くして周囲に散ったらしい。
「……そ」
ブーレイの口が開いた。
「そ?」
ブーレイは何がいいたいのだろうか。
「――総員、退避ぃー!」
全員が荷物を持って駆け出した。
メルヴィスから逃げる方向に。
「……あっ!」
俺の伸ばした手は、空をきる。
まるでよく訓練された軍隊のようにそれは鮮やかな撤退だった。
「よく訓練された軍だしな」
メルヴィスへの恐怖もあるだろう。
全軍が一斉行動しやがった。
林の中へ駆け入り、すでに姿が見えない。
俺だけ取り残されてしまったのだ。
俺の目的はブーレイたちと同じ。天界の住人の拠点を潰すことだった。
だが、単独では無理。だからブーレイたちと行動をともにした。
この林の向こうには、俺が会おうとしたメルヴィスがいる。
戦闘が終われば、もしかしたら近づけるかも知れない。
その時ならば、話が可能かもしれない。
可能かな? 可能な気がしてきた。
もしこのままメルヴィスが暴れれば、周囲への被害はどんどん増える。
ならば多少危険でも、このチャンスを逃す手はない。
「結界が無くなったわけだし、しばらくは戦闘だろう。俺ももう少し離れた方がいいよな」
頃合いを見計らうんだから、離れすぎてもいけない。
終わったら駆け込めるように……。
――ドン
そんなことを考えていた俺の背後が爆ぜた。
何があったか分からない。突然爆発したのだ。
恐る恐る振り返ると、俺の足下近くまで、深さ数十メートルに及ぶ大穴ができていた。
「もしかしてこれ……」
ただの流れ弾だろ。
天界の住人を倒そうとメルヴィスが放った魔法弾のひとつ。
細かいことは気にすんなとばかりに、やたらとぶっ放したのだと思う。
メルヴィスにとっては、複数撃った中の一発。俺にとっては……。
「死ぬじゃねーか!」
当たったら死ぬ。間違いなく死ぬ。
つか、至近距離の怖さを舐めていた。
もうここにはいられない。
身体強化して逃げだそうとしたが、その瞬間、空が陰った。
というか、周囲が真っ黒になった。
「マジで!?」
俺は……この黒い空間に閉じ込められてしまった。




