034
死神族が新しく村を作るといっても、俺の支配下にあるわけで、いろいろ面倒なことも俺がしなければならない。
グーデンは各村に村長を置いて丸投げしていたようなので、俺も真似することにした。
「ルマよ、おまえは村長となり、みなを率いろ」
「かしこまりました」
これでいい。
ルマは新しい村のリーダーとして苦労してもらおう。
一族をここまで引っ張ってきたのだから適任だろう。
「私は先頭に立って村作りをせねばなりませんので、一族の中で一番優秀な者を一名、ここへ置いていきます。存分にお使いください」
「おう」
人質? とも違うか。
普段は連絡役で、戦闘時にはこれだけ役に立ちますよというアピールかもしれない。
「ペイニー、こちらへ」
やってきたのは少女だった。灰色のローブはみなと同じ。
歳は……死神族の歳は分からない。人間でいうとミドルティーンくらいか。実年齢は分からないが、見た目は十四、五歳だ。
色素が薄く、髪色も眉毛もみな灰色だ。肌は白く、全体的に美人だけど深窓の令嬢のような雰囲気がある。
ただの少女にしか見えないが……これが強いのか?
「ペイニーと申します。よろしくお願いします」
声も若い。ただし長命な死神族のこと。
ネヒョル軍団長みたいに、少年の外見をして数百歳ということもある。
「よろしく、ペイニー。知っていると思うが、ゴーランだ」
彼女の背は、俺の腰くらいまで。
華奢な外見のせいで、俺と並んで立つと違和感がすごい。
一寸法師と鬼退治みたいに見えやしないだろうか。
死神族を受け入れてからは平穏な日々が続いた……ような気がするが、感覚がマヒしているのでよく分からない。
まずペイニーだが、歳を聞いたら俺と同じ十七歳だという。
体内の魔素量はかなり多く、俺の三倍ほど。
俺の魔素量がかなり増えたのにその三倍もあることを考えると、破格のような気がする。
ネヒョル軍団長には及ばないが、以前倒した大牙族を越えている。
そして彼女はいま、俺と同居している。
戦場で兄たちが肉片になってしまったので、兄弟たちの中で俺が一番年上だ。
家を継ぐ権利というか、これまで通り実家暮らしをするつもりでいたら、追い出された。
部隊長になったことだし、配下もできたんだから、独立しろと。
幸いというか、幸いと言ってはいけないことだが、村には空き家がいくつかある。
戦場から帰ってこなかった奴の家だ。
オーガ族など、百人が戦場に赴けば、半分帰ってくると「今回は多いな」というくらい死亡率が高い。
村内に断絶した家が結構ある。
「部隊長の仕事ってのは、どうしてこんなに面倒なのかね……」
家を出て独立したからには手に職をつけて稼がなければならない……はずだったが、何の因果か、俺は部隊長だ。
軍団長からかなり多めに給金を貰っている。
生活するには困らない。だから毎日ブラブラできるのかといえば、そうでもない。
部隊長としての仕事が色々あるのだ。
「こうしてみると、グーデンは副官にすべて任せていたんだな」
リグが優秀だったのか、グーデンが細かいことを気にしない性格だったのか。
部隊長がする細々とした仕事はすでに割り振られたあとだった。
俺はそれを追認すればいいだけだが、小市民的というか、もとからあった日本人的な勤勉さで、何か仕事をしようと思い立った。
「リグ。面倒だからおまえもこの村に住め」
決済する書類を持ってきたリグに俺はそう提案した。
「分かりました。この村に住まわせていただきます」
素直なものだ。
村内にはオーガ族以外も少数ながら住んでいる。
コボルド族がひとり増えたところで別段変わらないだろう。
「家は俺の近くがいいな」
リグは優秀だ。奴がまとめたものを俺が確認するだけなら、それほど時間もかからない。
うん、仕事が減らせて万々歳だ。
ただし、リグの場合、月の半分は村にいない。
「軍団長の副官の許で仕事がありますので」
考えてみればリグは、ネヒョル軍団長から貸し与えられた人材だった。
戦争時でなければ、四六時中一緒にいられるわけではないらしい。
それでも仕事の一部を肩代わりしてくれるだけでもありがたい。
余った時間を有効に使える。
俺は森に入って、この前の防衛戦のことを考えた。
一人になりたいとき、俺はよく森に入る。
ここで思う存分思索に耽るのだ。
「脳筋の奴らに集団戦闘のイロハを教え込んだらどうなる?」
ほとんどのオーガ族は脳筋。これはいい。
難しい命令を出しても理解できない。理解できる者はいるが、全員ではない。
つまり複雑な作戦を立てても、足並みが揃わないため意味がない。
ではどうするか。理解できる命令だけ出せばいい。
単純な戦場で、単純な命令ならば彼らの力は遺憾なく発揮される。
「グーデンのやり方はあながち間違っていなかったわけか」
結局、脳筋を有効利用しようと思ったら、突撃させるしか方法がない。
ならばそれを、少しだけ進化させてみたらどうか。
「というわけで特訓をするぞ」
前回戦場に行った連中と村の中の若者たちを集めて、俺は訓練を施した。
やったことはふたつだけ。
ひとつは命令遵守。グーデンよりももう少し細かい命令を与えてもしっかりやり通せるよう、徹底させた。
もうひとつは各自の判断での戦い。
俺が戦場にいてもいなくても、もしくは命令の声が届かなくても必ず実行することを教え込んだ。
といっても難しいことではない。
戦場では仲間を探す。探したら一緒に戦う。
まわりにいないときは一人で突出してしまっているので、下がる。
仲間を見つけたら、仲間の近くで戦う。仲間が苦戦していたら助ける。
そうして集団を大きくしていって、自分たちの拠点をつくる。
俺は彼らが戦場のどこにいても同じ動きができるよう、それを繰り返した。
俺の村だけじゃなく、他の村にも声をかけて同じ事を教え込む。
気がつけば、最初の防衛戦に参加してから数ヶ月が過ぎていた。
その甲斐あって、俺が鍛え上げた集団は、大層りっぱな戦闘集団に成長していた。
「ゴーラン様、招集がかかりました。見晴らしの丘を占拠しようと、敵の軍勢がやってきたそうです」
「ということは、敵は前回と同じ小魔王レニノスの国かな」
「はい」
最近、事務をリグに任せて、ペイニーを個人的な副官として使っている。
ペイニーは戦場に出ることができる将官として俺は鍛えた。
「よし、第二次防衛戦だ。腕がなるな」
敵は前回以上の陣営を揃えて来ているだろう。勝算がなければやってこない。
ならばそれを踏まえて叩きのめすのみだ。
俺が作り上げた戦闘集団の初陣というわけだ。
「部隊の規模は任せるそうです。集合場所は前回と同じ見晴らしの丘で、到着は四日後まで」
「四日後か。各村へこれを伝えてくれ」
各村が用意する戦力表を渡した。
用意するのはオーガ族が八十名に、死神族が二十名。ここ数ヶ月、鍛えに鍛えた連中だ。
きっとやってくれるだろう。
「よっしゃ、戦か。腕がなるぜ」
「楽しみね、お兄ちゃん」
俺の後ろで駄兄妹が歓声を上げている。
そういえば、最近凹ませてなかったのを思い出した。