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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
最終章 魔界はいつでも世紀末(ヒャッハー)編
339/359

339

○大魔王ダールムの城 ダールム


 メルヴィスがキレたという報告を受けて、大魔王ダールムは両手を高く掲げた。

 そのままゆっくりと自分の頭にもってゆき、「なんてこった」と呟いた。


 報告によると、メルヴィスが自国へ帰還途中、天界の侵攻とぶつかったのだという。

 現在暴れて手が付けられないので、どうしたらいいだろうかと。


「先ほど向かわせた火竜族を呼び戻せ」

 キレたメルヴィスのもとに向かわせても、丸焼きか消滅かミンチになるだけだ。


「それと付近にいる者たちは全員避難させるのだ。おそらくもう遅いとは思うが、兵を含めて、全員戦場から撤退させろ」

「かしこまりました」


「それと各将軍に通達。これ以上戦場に近寄らせるな。これは厳命させろ。とくに昔を知らない者たちには、くどいくらいでちょうど良い」


 矢継ぎ早に指示を出すダールムだったが、どれほど対策をとっても心は落ち着かない。


 メルヴィスがキレたことで、何が起こるか分からない。

 最悪の場合、国を捨てて一時的に避難することも検討する必要があるかもしれない。


「まったく何でこんなことに……」


 ダールムはいま、城で愚痴ることくらいしかできない。

 ヘタに手を出して、メルヴィスの矛先が自分たちに向いては目も当てられないからだ。そっとしておくに限る。


 ただ、これを打開するために、何かできるか考えることにした。

(先代は徹底的に戦いを避けていたわけだが……)


 ダールムは竜種である。

 好戦的な竜種が、「魔王」や「大魔王」になるのは珍しい。


 ほとんどの場合、攻撃的な性格が災いして、大成する前に死ぬからである。

 戦いを求め、戦場で己が力を誇示することを求めてしまう。


 戦場で傷つき、それでも戦い続けて、力尽きて死んでいく。

 多くの竜種は、そんな最期を迎える。


 生き残ったトラルザードやダールムが特別なのである。

 両者とも、もとから慎重な性格が幸いした。


 戦いに我を忘れることなく過ごし、生き残った。

 そして長い年月を経て、高みへ登ったのだ。


 亀竜バーグマンは、徹底的にメルヴィスとの交戦を避けたと言われている。

 というよりも、そう本人が言っていた。


 不死のメルヴィス……メルヴィスはかつて、そう呼ばれていた大魔王だったのだ。

 小覇王ヤマトの配下として名が上がる三強の一角。


 一番ヤバいのが狂気のザルダンと言われているが、バーグマンいわく、一番敵を殺したのは不死のメルヴィスであったらしい。


 メルヴィスが戦うと、とにかくよく死ぬ。

 敵も味方も関係なく死ぬ。


「……やはりこれしかないか。おい、だれか!」

 ダールムは部下を呼びつけた。


「はい、なんでしょうか」

「メルヴィス様は天界の連中と戦っているのだったな」


「はい。我が領の西部で交戦中と伺っております」

「我々も天界の住人を倒す。敵がいなくなれば、メルヴィス様も大人しくなるかもしれない」


 それは賭けであった。

 ヤマトが魔界から消えた原因は、天界の侵攻があったから。


 天界の住人であるヘラがヤマトに何かをしたからであった。

 ゆえにメルヴィスは、天界の住人を憎んでいる。


 攻撃対象がいなくなれば、メルヴィスも暴れる先がなくなる。

 それは名案に思えた。


「わが国の総力をあげて、天界の住人を抹殺せよ」

「かしこまりました!」


 ダールムは誓った。

 自分たちで天界の住人を滅ぼし、メルヴィスにこの地から去ってもらおうと。


               ○


○大魔王ダールムの国西部 小魔王メルヴィス


 メルヴィスが起きていた頃、天界からの侵攻はたびたびあった。

 数十年から数百年おきに魔界のどこかの空に穴が空き、天界の住人たちがやってくるのだ。


 ほとんどの侵攻は魔石を欲するためにやってくる小規模なものだ。

 大戦のときのような大規模なものは、メルヴィスですらほとんど聞いたことがない。


 そして統治になんら興味を持たないメルヴィスの国に、天界が侵攻してくることはこれまでなかった。

 単純に国土が狭いから、確率的な問題だ。


 ゆえに今回、メルヴィスが遭遇したこれ(・・)は、かなり希有な例であった。


「……『闇の颶風ぐふう』」

 腐食した魔素が濃縮され、竜巻となって世界を覆う。


 その場にいた天界の住人たちは、悲鳴をあげる暇もなく絶命する。

 瘴気の数十倍にまで濃縮された魔素を浴びれば、魔界の住人とてひとたまりもない。


 いくらここが『聖気結界』で覆われていたとしても、結果は変わらなかった。

 そう、いまメルヴィスの周囲には、聖気の結界が張られていた。


 天界からの先遣隊は三つの波となって、メルヴィスに押し寄せてきた。

 メルヴィスはそれをことごとく葬り去っている。


 だがその間に完成したのが、この結界である。


 メルヴィスが気付かないほど遠方から天界の住人がやってきて、自らの聖気を使い果たすかのような性急さで、結界を編み上げたのであった。


「この風でも揺るがぬか。普通は外からの干渉を防ぐものであるのだが……」


 これは思ったより面倒な結界かもしれない。

 そうメルヴィスは思った。


 この結界は、中から破るのが難しくなっている。


 かなめとなる中心が存在しない、新しいタイプの結界らしい。

 大戦では一度も使われていない。メルヴィスが知らない結界であった。


 結界術は進歩している。

 いや結界術だけではなく、戦略そのものも進歩しているのだとメルヴィスには感じた。


「ならば、ことごとく中を潰すまでよ」

 結界の仕組みを理解したメルヴィスは、同時に結界内にいる天界の住人たちの存在を感じ取っていた。


 この結界の中にいる限り、魔界の住人の力はおよそ半分に減らされ、聖気を操る天界の住人たちは逆に力が倍増する。


 結界内にいる限り、天界の優位は揺るがない。

 多くの敵が、この中でひしめき合っているのが分かる。


「おそらく外には結界を維持する者どもがいるのであろう。奴らは後で滅すればよい」

 このような指向性を持つ結界の場合、逆――つまり、外から破るのは簡単である。


 結界を破らせないよう、敵が結界の外にも配置されていることは想像に難くない。

 メルヴィスは中をすべて始末した上で結界を破壊し、外の連中を始末するつもりでいた。


 また、それができるとも考えていた。

 そう、メルヴィスは冷静であった。


 冷静な状態でキレていた。

 立ちはだかる者すべてを破壊し尽くすほど冷静でキレていた。


 それなりの規模の侵攻。

 かつて小覇王ヤマトを追いやったあの時の大戦。


 それを思い起こさせるほど、メルヴィスは怒っていた。

 荒れ狂う闇色の竜巻が荒れ狂う中で、メルヴィスの赤い瞳が爛々と輝いていた。



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