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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
最終章 魔界はいつでも世紀末(ヒャッハー)編
334/359

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「唯一の成功例? それはなんだ」


 メルヴィスの言葉に、堕天した者は「詳しくは分かりません」と言った。

「エンラ機関が、それを探しているとだけ伝わっております」


 成功例を探している。

 なんとも妙な言葉だとメルヴィスは思う。


「ダールムよ、分かるか?」

「さて……私には分かりかねます。エンラ機関は魂の研究を長年し続けていたところであります」


「すると魂の研究で行われた何かが成功した。だが、それは失われたということか。探しているというからには、持ち出したか、逃げ出したのか……」


 魔界の住人は、天界について関心が無い。

 天界の住人の活動について、ほとんど何も知らないと言える。


 その中で天界最大の組織であるエンラ機関だけは、ごく一部の者たちは知っていた。

 逆を言えば、天界の知識など、その程度である。


「最近のエンラ機関は、複数の魂を融合させる研究をしているようです」

 同じ天界に属している者でも、機関が違えばその中身を詳しく知ることはない。


「魂の融合か。他に知っていることは?」


 機関の機密は外へ漏れないものの、噂として流れることはある。

 身の回りの世話をする天界の使いたちからもたらされるのだ。


 堕天した者たちは、過去に流れた噂をひとつひとつ挙げていった。


「融合した魂は、それぞれ元の魂の特性を備えているようです。また、魂を別の身体に移すこともできると」


「魂を移すのは擬人ぎじんのことであるな。過去の侵攻時に奴らが使っておったわ」


 作り物の身体で動いている存在があった。

 後に天界の住人たちが擬人と呼んでいたこともメルヴィスは覚えている。


 擬人の状態で魔界に下りても、本体は天界にある。

 擬人が倒されても魂は自動的にもとの肉体に戻るため、一時期多くの擬人が魔界に下りてきていた。


「他に聞いた噂ですと、融合した魂で寿命を延ばす研究をしていたとも。浄化前の魂を利用するため、生前の記憶を引き出すことも可能だとか」

 堕天した一人がそう言うと、もう一人が付け加えた。


「私が聞いた話では、これらの研究はほとんどが失敗。魂を融合させた瞬間に発狂するか、崩壊するか、身体に悪影響を与えて自滅するだけだったようです」


「なるほど……唯一の成功例とはそれのことかもしれんな」

「少しの間でも身体が保っているのならば、生前の記憶でも引き出せたでしょうね」

 ダールムも考え込むように言った。


「浄化されていない魂……冥界から魂を引っ張ってきたか」

 メルヴィスの言葉に、堕天した者たちが頷く。


 その通りだからだ。

 いまエンラ機関が手にしている研究施設の場所こそ、冥界に穴を開けやすいスポットであるようだ。


「それと最近は、魂を人界へ送る研究を進めているようです」

 堕天した一人がそう言ったとき、メルヴィスの目がクワッと開かれた。


「なんだと!?」

 周囲に嵐のような魔素が吹き荒れた。


「ひっ!?」

「うわっ!?」


 圧倒的な存在感がその場を支配し、堕天した者たちが怯えたように座り込む。


「……この者たちはメルヴィス様ほど強靱ではないのです。覇気を押さえないと話すこともできませんよ」


「……いま、人界へ行く研究と言ったな?」

 荒れ狂うほどの存在感は消えたが、それでも目の前の人物が発したことは明白。


 堕天した者たちは何か答えなければと思うものの、なかなか声が出なかった。


 ダールムのとりなしもあり、ようやく語ることができたのは、かなり経ってからである。


 人界へ行く方法の研究。

 結界をどうやって越えるつもりなのか。


「死した魂と、浄化された魂――冥界と人界の行き来は存在します。それを利用しているようです」


 冥界には唯一のルールがある。

 魂が浄化されない限り、そこから出ることは叶わないのだ。


 エンラ機関はそれをどうかいくぐるつもりなのか。

 堕天した者の答えは単純にして明快だった。


 ――浄化された魂を使うと。


「複数の魂を持つ場合、同時に浄化されるとは限らないようです」

 魂が浄化される速度は均一ではない。


 生前強い魂を持っていた者ほど、浄化に時間がかかる。

 ゆえに融合された魂では、魂の強弱によって浄化の速度が違ってくる。


 話を聞いて、そういったこともあり得るかもしれないとメルヴィスは思った。

 そして「噂」では、魂が浄化されると転生への道が開かれる。


「なるほど、そういうことか」

 転生先は、人界か天界か魔界しかない。そのいずれかへ転生するのだ。


「わ、私どもの話は、い、以上です」

「もう、知っていることはすべて話しました」


「よく話してくれた。メルヴィス様も満足されたであろう」

 ダールムが手を振ると、二人は転がるように退出した。


 一方メルヴィスは、じっと黙ったまま考え込んでいた。




「それでですね」

 かなり長い間待ってから、ダールムが語り出した。


「何だ?」

「手紙に書いたもうひとつの話のことです」


「いまの魔界がどうとか」

「魔界はいま、上を目指す者たちが各地で暴れています」


 魔界全土で戦争が勃発していた。

 個人の力では太刀打ちできなくとも、数を揃えればなんとかなる。


 そう考えた者たちが同盟を組んだり、裏切ったりしながら戦いを繰り広げている。

 誰が味方で誰が敵か分からないほど、魔界は荒れていた。


「ここは静かだが」

「私が抑えています。ですが南の大魔王ビバシニはどう考えているか分かりません。……それはいいのですが、問題はメルヴィス様でしてな」


「儂は興味ない」


 実力はあれど、なぜか小魔王に分類されているメルヴィス。

 その真の怖さを直に体験している者は少なくなってきた。


「興味がないのでしたら、それで結構です。できればこの大戦に加わらないでいただきたいのです。なにしろ、あなた様が参戦すると周囲が大変なことになりますので」


「だから興味がないと言っておろう」


「それを信じます。かつてわが国は、山で囲まれた険しい場所でした」


 大魔王ダールムが治めるこの地はいま、魔界の中でも平坦な場所が多くなっている。

 まるで、ならしたかのような平地が続くのだ。


「懐かしいな」

 かつてメルヴィスは、この地で天界の住人と戦った。


 激戦だった。それだけは覚えている。

 すべてを蹴散らしたうえでメルヴィスは、天界が張った六柱の中心地へ向かった。


 そこではヤマトがヘラと戦っているはずだった。

 だが、メルヴィスが向かったときには両者の姿はなく、ただ時空の穴が空いているだけだった。


「では儂は戻る」

「はい。お疲れ様でした。魔界大戦の件、くれぐれも……」


 こうしてメルヴィスは自分の国へ帰っていった。




 ……のだが、メルヴィスが帰りつく前。

 運悪く、天の裂け目に遭遇してしまった。


 ――天の裂け目、つまり天界からの侵攻である。


 飛翔するメルヴィスの側に現れた先遣隊は、邪魔者を排除しようとメルヴィスに攻撃をしかけたのである。


 強大な光の帯がメルヴィスに直撃し、散った。


「……ふん。『狂酸アシッド』」


 直後、中空に浮かんでいた天界の住人たちが、しゅうしゅうと紫色の湯気をあげながら溶けていった。


 そこにいた十数名の先遣隊はみな溶け崩れ、あとからやってきた者たちを驚かせる。


「新手か」

 いまの倍する天界の住人を見て、メルヴィスはそう呟いた。



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