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大魔王ダールムと小魔王メルヴィスは旧知の仲である。
一方が大魔王で、他方が小魔王。
大魔王にとって小魔王など、吹けば飛ぶような存在である。
あまりに小さすぎて、歯牙にもかけないのが普通だ。
だがダールムは、メルヴィスに対して丁寧な態度を崩さない。
「いま呼んでおります」
「うむ」
メルヴィスは、堕天した者へ直接話を聞くことにした。
その者を呼んでいる最中であるとダールムは説明した。
しばらく待っていると、「大と小」と表現できそうな二人組がやってきた。
一体はひょろりと背が高く細い。青紫色の肌に角が生えている。
堕天して魔素を取りこむと、通常、外見のどこかが変化する。
この者は、肌の色と頭部に変化が現れたようだ。
もう一体はやたらと背が小さい。そして丸っこい。
見ようによっては、愛らしい外見と言えるだろう。
ただし、尖った乱杭歯が醜悪さを見せている。
愛嬌のある目に、やや潰れた鼻を持つが、鋭い牙がこれらすべてを台無しにしている。
「報告にあったのは、この者たちです。最近堕天してきました」
ダールムが説明すると、大小の二人は小さく礼をする。
「手紙には、天界の様子が書かれていたが、それはこの者たちから聞き取ったものか?」
「はい。今までの確認もありましたので、詳しく聞き取りを行いました。その結果を手紙にしてあります」
「なるほど……天界も変わってきたようだな」
「そのようで」
ダールムが手紙に記した内容。それは、これまでの天界の様子と若干違っていた。
天界の住人たちは、多くの場合、自らの研究テーマを追求することだけに生涯をささげ、他に目を向ける者は少ない。
研究を継続させるのに魔石を必要とするケースが多い。
魔石とは、魔界の住人のみが体内に持っている『支配のオーブ』のことである。
支配のオーブは魂を入れる器であり、魔素を吸収し、溜めておくタンクの役割もする。
もし魔界の住人から支配のオーブを抜き去った場合、間違いなく死んでしまう。
そして手紙にあった内容。
天界では最近、魔石が不足しているという。
不足しているならば魔界へ赴いて、魔石を調達すればいいのではないか。そう思うかもしれない。
いまは二つの理由で、それが難しくなっている。
ひとつが天界に蔓延る慢性的な聖気不足である。
勝手に出現して、勝手に満ちる魔素とは違い、聖気は人が出す人気が天界に到達して補充される。
人が持つ「気」の力。それは信仰や信じる者の強さで、量が変わったりする。
天界に満ちる聖気はいま、減少の一途を辿っており、魔石よりも深刻な聖気不足に悩まされているらしいのだ。
いま天界の住人たちは、どうにかして聖気を集められないか。
その対策を練っているのだという。
魔界へ侵攻するには大量の聖気が必要であり、外から集められない場合は、天界の住人が体内に持っている聖気を使うしかない。
現状、すぐに魔界へ侵攻するのはかなり難しいのだという。
ダールムからの手紙には、このことがつらつらと書かれていた。
なぜ天界に聖気が少ないのか。
人界が結界に閉ざされ、人々の信仰が減ったからだ。
つまり、聖気を増やす根本的な解決は見つかっていない。
そんな天界の状況では、研究に集中できるはずもなく、現状を打開する方法を模索し始めているのだとか。
「遅いな」
メルヴィスの言葉にダールムも頷く。
すでに『天界の使い』と呼ばれる非戦闘種族たちは、満足に聖気を集められず、倒れる者もでてきているのだとか。
そして魔界へ攻め込めない二つ目の理由。
それは天界の住人たちにあるという。
「そこから先は、この者たちが話すでしょう」
ダールムに促されて、二人は当時を思いおこすかのように、ゆっくりと語りはじめた。
「各研究機関の目的が少しずつ変わっていきました。機関内の優先順位が変動したのです。研究から聖気の確保へシフトしたのです」
「確保と言っても、有限のものであろう。取り合うのか?」
「はい。機関どうしが争いました。ただ戦いが長引くと後発が不利となり、勢力差は広がるばかりです」
天界には聖気が噴き出す川のような場所があるらしい。
その上に研究所を建てられれば一番よいのだが、そんな場所は古くからの研究機関が独占している。
そこを巡って、天界で争いが加熱しているのだという。
「ただ争っているだけか? 争った先に何がある?」
「機関を統一させ、人界の結界を破壊するために必要な魔石を集めに行くようです。いま天界は大戦中ですが、それが終われば魔界へ侵攻してくるでしょう。不退転の決意でやってくると思います」
一番よい場所を取っているのはエンラ機関であるという。
ヘラがいなくなって一度は後塵を拝したが、それは演技だったのかと思うほど、強大な戦力を有しているという。
天界の大戦は「聖気の豊富な地」を得るために戦うものだが、たとえ勝者と言えども、大戦後にやってくる慢性的な聖気不足はいかんともし難い。
よって、多数の機関を支配下に収めたあとは、配下にした者が体内にもつ聖気を使って魔界に侵攻。
大量の魔石を奪い、それを湯水のごとく使用して研究を加速させる。
人界の結界を抜ける、もしくは結界を破壊するものを作り上げようとしているらしい。
「魔界へ来るのは確定か」
「はい。大戦後はより少ない聖気で活動しなければならず、それが年々少なくなっていくのです。動くべき理由があります」
吸収した他の機関の聖気を使って魔界に攻め込む。
その話を聞いて、はじめダールムは鼻で笑った。
魔界だってやられるばかりではない。
もし自分のところへくれば、必ず返り討ちにしよう。そういう笑いだ。
だがもう一人の話を聞いて、少し首を捻った。
話はこうだ。
もしエンラ機関が勝ち抜いた場合、話は少し違ってくると。
「違うとは、どういうことだ?」
「あの機関は今もまだ、『我関せず』を貫いています。そして最近、優先順位の一番が変わりました。連中だけは聖気争奪戦をよそに『唯一の成功例』を探し続けています」




