033
村に帰ってきた。
家に入ったが、出迎える家族はいない。
みな外で働いているようだ。
俺は部屋に隠してあった酒瓶を掴んで、そのまま口をつけた。
「一仕事終えたあとの酒は美味いな。五臓六腑に染み渡るわ」
祭りのときは飲めなかったし、その後は死神族のあれやこれやで機会を失っていたが、ここでようやく呑むことができた。
オーガ族のこの身体は人間と違って、アルコールの分解が早い。
酔いが回る前にすぐに分解されてしまうので、同族の連中は、無茶苦茶蒸留したものを好んでいる。
そんなものはただのアルコールと同じで、味なんてあったものじゃない。
見ているそばからアルコールが揮発していくじゃないかと思うほど酒精が濃い。
あれはオーガ族のような脳筋専用の酒なのだと思う。
俺はどちらかというと味を楽しむ方なので、普通に出回っているものを呑んでいる。
「ゴーラン、いるか?」
これからというときに、うるさいのが来た。
「いるぞ」
答えて立ち上がる。
玄関口まで出迎えると、駄兄が立っていた。
「いま戻ってきたとこなんだが、どうした?」
「死神族の……なんだっけ? ルナ? ルリ?」
「ルマな。また来たのか?」
「ああ、結果を知りたいって、オレんとこにやってきた」
俺が村に帰ってきたのはついさっきだ。
タイミングが良すぎるから、どこかで見張っていたな。
「……分かったすぐに用意する」
酒瓶を振ると、半分くらい入っている水音がする。
帰るまでお預けらしい。
前回と同じ場所に同じ人物。死神族のルマだ。
「これはゴーラン様、お早いお帰りでございました」
「ああ、行って帰ってきただけだが、少々疲れたよ」
「それはそれは……それでいかがだったでしょうか」
声が硬い。ということは軍団長と話した内容を知らないのだろう。
俺の後を付いていたわけではなさそうだ。
村の入口でも張っていた感じか。死神族もレイス族と同じく、半透明になると視認しづらいからな。
「問題はあったが、受け入れは認めてもらえた」
「おお、それはよかったです。我が一族を代表しまして、お礼を申し上げます」
「ただし、小魔王ファーラとこの先敵対することになる。この意味は分かるよな」
「はい」
「このままではファーラは魔王になる……可能性が高い。死神族を受け入れる交換条件として、それを阻止するか、この国が併呑されない何らかの策を示すように言われた」
「戦えというのでしたら一族をあげて戦いましょう。ですが……」
「そうだな。死神族がいたところで趨勢は変わらねえ。それができるなら、元の国だって滅ばなかっただろうし」
「その通りでございます」
「いまこの国は、小魔王レニノスの国と争っている。レニノスではファーラに対抗しきれないというのが俺の上司、ネヒョル軍団長の見立てだ。だからこそ打開策が必要だと言っていた」
「難しい話だと思います」
「それでもやらねばならない。そのことだけは覚えておいてくれ。何をするにでも、協力を頼むことになりそうだ」
「分かりました。我が一族の誇りにかけてお手伝いいたします」
「……難しい話はここまでにして、契約をしておこう。一族はどこにいるんだ?」
「山間部に分散して住んでおります。明朝には全員に連絡がつくかと思います」
「分かった。それで五百人といったよな。どこに住むつもりだ? 新しく村を造ることになりそうだが」
「我らはあまり日の当たらない場所を好みますので、ここよりしばらく進んだ先にあります大地の裂け目。その下に居を構えようと考えております」
ここからしばらく行った崖の下だな。谷になっているところだ。
「危険なところだが、大丈夫か?」
「問題ありません」
問題ないらしい。さすが死神族だ。深く聞くのは止めておこう。
翌日になると、本当に死神族全員がこの村にやってきた。
みな色白……を通り越して死人みたいな顔色をしている。
共通のローブを纏っているが、背の高さはみなバラバラだ。
全員がほっそりしていて顔の区別が付きにくい。男女比はほぼ半々といったところか。
敵意はないようだが、用心して村の外で会うことにした。
なのに、どこでどうばれたのか、村の者たちが大勢やってきた。
俺が仲間になる連中だと説明すると納得して去って行った。
「よし、邪魔者はいなくなったな。契約を交わすぞ」
「はい」
支配のオーブによる契約は、相互の同意があってはじめて成立するが、まだ何も契約していない状態の場合、上の者が一時的に仮契約することも可能となっている。
死神族が力を差し出す。
俺が受け取る側なので待っていると、次々とほんわりとした魔素の塊が飛んできた。
それをすべて取り込む。
合計で五百二十一名分。
各人からほんの少しずつ力を分けて貰っただけなのだが、増加した魔素量はかなりのものだった。
「そういえば、死神族はオーガ族に比べてかなり高位だったよな」
今更だが、いいのかこの契約で?
そう思って聞いたら、全員が「満足です」と答えたので、いいことにした。