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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
最終章 魔界はいつでも世紀末(ヒャッハー)編
327/359

327

 ベッカがここへとんでもない連中を連れてきたわけだが、そいつらがどん引きしていた。

 血走らせていた目が、理性を取り戻している。


「あれ~? どうしたのかな~」

「俺が先頭にいた奴を倒したからか?」


 ベッカを追いかけ回していたのが、群れを率いていた奴だったのだろう。

 それがあっけなくやられて、冷静になったと。


 俺が一歩踏み出すと、赤獰馬族の群れが後ずさりした。

 後ろが詰まっているので、思ったほど後退できなくて慌てている。


 おそらく最初にちょっかいをかけたのは、ベッカだろう。

 集団で反撃されて、ここまで逃げてきた様子が目に浮かぶ。


「じゃ、ゴーラン。やっちゃおっか!」

 ベッカが赤獰馬族の一体に組み付く。

 馬の首は長い。そこにベッカは両足を巻き付けて、体重をかけて折った。


 首から鈍い音がした。だが、まだ倒れない。

 こういうとき、身体が丈夫だと可哀想だ。


 首の骨が折れたくらいでは、耐えられるのだ。


 ベッカは遠心力をつかって身体を反対側に曲げ、さらに鈍い音をさせてもう一度折った。

 これでようやく横倒しになった。まだ痙攣しているが、放っておけば死ぬだろう。


 群れの中で一番強い奴がやられると、その配下連中はだいたい及び腰になる。

 俺もじっとしているわけにもいかない。前蹴りで一体の前足を砕く。


「全員そこへ並べ! 端から蹴り砕いてやる!」

 大声を出したら、その効果は覿面てきめん


 ――ドドッドドドド……

 回れ右して、逃げ出してしまった。


「あっけなかったね~」

「敵わないと思ったら、逃げるのも手だ」


 奴らの行動はあれで正解だ。

 兵士としては失格だが、おそらく凶暴さを買われた遊撃隊だろう。正規の訓練を受けてないかもしれない。


 先ほどの赤獰馬族だが、ベッカだって一対一ならば下せたはずだ。

 あれは集団で一気に襲いかかってくるから脅威なのだ。


 戦うなら他と引き離して、少数を相手にした方がいい。

 それが考えられれば、もう一段強くなれるんだが。


 ベッカは次の獲物を探しているのか、キョロキョロと周囲を見回し始めた。

「何してるんだ?」

「ねえ、ゴーラン。もしかしてここって、一番奥? 迷っちゃったみたいなんだけど」


 走って逃げてきたから、この場所が分からないらしい。

 敵本陣内で、逃走先を考えずに走ったのか。相変わらずの馬鹿っぷりだ。


「その通り。敵の大将がいるかもしれない場所だぞ。ここまで来たんだから、付き合え。奥に何かいる」


「ええ~? 今から~?」


「そうだ。今からだよ。とにかく俺についてこい」

「はーい」

 ベッカはぶーたれるかと思ったが、素直に付いてきた。


 敵大将がいるかも知れないと分かれば、普通は分不相応と考える。

 戦ったって負ける。負けたら死ぬ。


 だがベッカの場合、「何かおもしろそうかも」の方が勝っているのだ。


 好奇心が猫を殺すという言葉がある。

 ベッカの場合、まさにそれだ。


 本来ならばもっと早く、自分の手に負えない事態に陥って死んだのだろうが、幸か不幸か、いつも近くに俺やサイファがいたことで、生き延びてしまった。


 ダキニに特殊進化した今となっては、ベッカを完膚なきまでに叩きのめせる者はかなり少なくなった。


 といっても調子に乗って、ああいった集団に手を出したりするのだが。




 衝立がいくつか目隠しとなり、先が見えない。

 その奥には陣幕が張られていた。


 陣幕は身分の高い者が使うために誂えたのだろう。

 その奥から強者の気配がする。


「ねえ、ゴーラン。ヤバいよ、ヤバいよ」

「ほう……分かるか?」


 そういえば、魔界の住人で相手の魔素量をちゃんと測れなかったのは俺だけだったっけ。

 それだけでなく、ベッカは気配を読み取っているようだ。


 気配の読み方に関しては俺が教えたので、それを覚えていたのだろう。

 戦闘方面の物覚えはいいのだ。


「いや、何度も突っかかってくるくらいだし、そんなによくないか」

「ん? なに?」


 普通は何回も痛めつけられ、転がされたら、嫌でも彼我の実力差を理解する。

 なのに、身体が回復するたびに突っかかってきた。物覚えは相当悪い方だろう。


「いくぞ」

 天幕を押しのけ、俺は中に入っていった。




 天幕の中にいたのは、二体。

 一体は右腕が無かった。引きちぎられている。


 食いちぎられたように見えるが、どっちかだ。少なくとも斬られた断面ではない。

「……そういうことか」


 怪我をしているのがこの陣のボス。総大将だ。

 両軍の戦闘が短時間で終わったのも、早い段階で大将同士が激突したからだろう。


 トラルザード軍側の大将が負け、軍は撤退。

 勝った方も無傷とはいかなかった。大怪我だ。


 ということは、部下の一人――おそらく側近が追撃しているのだろう。

 大将の側にいるのも側近ならば、あれと同程度の者が追っていることになる。


「ねえ、あの怪我したの……すごく強いよ」

「ああ、俺が相手をするから、お前は隣な」


「いいけど、あっちだって、わたしより強いかも……大丈夫かな」

「勝て。それが無理なら時間稼ぎしろ」


 怪我をした敵はヤバい。

 片腕がないにもかかわらず、魔素量は俺より多い。


 ベッカでは絶対に勝てないと思える相手だ。

 側近の方なら……どうだろうか。運が良ければ勝てると思う。


 魔素量はベッカの方が少ないが、こいつは普段からこんな感じだが、強敵相手でも勝機を見つけてくる。


 問題は俺の方だな。

 あの敵、怪我をしている今でも、メラルダくらいの力がありそうだ。


 ここはお世辞にも重要とは言えない戦場。

 士気の低い部隊が守っているのかと思ったが、どうして。


 トラルザード軍は、よくこんな奴相手に、腕一本もぎ取ったと思う。


「おいベッカ」

「なあに」


「奴を連れてここから離れろ。巻き添え食らったら、死ねるぞ」

「うひー、すぐに離れるから、すぐにおっぱじめないでね」


 俺の本気を何度も見ているベッカとしては、怖くて堪らないのだろう。

 だが手加減していると、絶対に勝てない。


 本気を出したって、実力は俺より上だ。

 一瞬の油断が命取りになる。


 ベッカが離れると、敵の側近もついていった。

 向こうも算段が終わったようだ。


 つまり、俺はこの手負いの強者を相手にすることが決定した。


(キメラっぽいが、初見な種族だな。特徴が混ざっているんで、得意なのも弱点も予想できない……)


 一番分かりやすい特徴は顔だ。


 仮面を付けているかのような石造りに見える。

 それだけならば、石面せきめん族の亜種とも思えるが、身体がまったく違う。


 獣種のように体毛が生えている。灰色と黒の斑だ。

 腕は虎やライオンに近い。最大の攻撃力は、その腕だろうと予測できる。


 その腕が攻撃の要だからこそ、狙われたのだろう。


 獣種に近いが、二足歩行している。

 後ろ足は、これまで見たどの種よりも太い。


 瞬発力の化け物みたいな効果を発揮するのではないかと思っている。


(対魔法系特化の種族かな)


 右へ左へと機敏に動く相手に魔法を当てるのは難しい。

 魔法が着弾する前に避け、接近して潰す。


 そんな作戦を採れる種族は少ない……が、ごく稀に存在する。

 遠距離に特化した魔法系の種族の天敵、それが目の前の奴ではないかと思う。


(だとしたら、俺とは相性がいいはずなんだが)

 上位種族になると、接近して肉弾戦をするより、魔法に頼る者が多くなる。


 そんな連中を血祭りにあげて強くなって来たのならば、俺のようなガチの肉体系は苦手なはずである。


 おそらく奴が、トラルザード軍の大将を倒している。

(だったら先手を取るか……)


 俺は重心を下げ、全身に身体強化を施した。

 出し惜しみは一切しない。できるだけ短時間で決めてやる。



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