321
「擬人を知っているのですか?」
意外だ。いや、そうでもないのか。
トラルザードは竜種なので長生きだ。
魔界でトラルザードより長生きしている者はほとんどいない。
その長い生で溜め込んだ知識は相当なものになると思う。
「逆に我はお主が知っていることに驚きだぞ。擬人は天界の住人が作りあげた魂を入れる器のことじゃ。人界に下りていくのに使われると聞いたことがある。つまり、今ではもう作られていないはずじゃ」
いまは作られていない……なぜならば、結界で人界が閉ざされているからだろう。
「そうですね、俺の言った擬人はまさにそれです。それを含めて少し話をしたいと思っていたのですが、先に聞いていいですか? 俺が寝ている間、魔界で起こったことが知りたいのですけど」
俺の方は、まだ頭の中が整理されていない。魔界、人界、魔界と忙しいのも要因だろう。
何を話すにもまず、現状を確認したい。
「ふむ。気になることもあるが、我から話すことにしようかの。あれはリーガードとの戦いに向けて、我が軍を率いたときのことじゃった」
国境までトラルザード自らが軍を派遣する。
途中で他の町の軍と合流する予定があった。
ちょうどその町に着く前日だったという。
トラルザード軍が休憩中、遠くから戦いの音が聞こえてきた。
魔法弾が大地に直撃し、大爆発をおこしたような音だったため、最初はリーガード軍が攻めてきたのかと思ったらしかった。
すぐに周囲を警戒させ、様子を見に行かせたところ、なぜか町にいるはずの俺たちが戦っている。
トラルザードは驚いたものの、敵を見てさらに驚いた。
なぜならば、俺が戦っている相手がワイルドハントだったからである。
「なぜこんなところにお主が? なぜワイルドハントと? と本気で驚いたわ」
驚くのも無理はない。
俺は城に忍び込んで、トラルザードの会話を盗み聞きしたのだ。
そこで行軍予定を知ることができたからこそ、先回りできた。
襲撃に一番適した場所を考え、罠を張った。
そこにネヒョルがまんまと引っかかったわけだ。
なぜこっそり忍び込んだのか。
トラルザード軍周辺だって完璧じゃない。
ワイルドハントの目がどこかにあるとこの計画は失敗する。
だからトラルザードにも内緒で俺は行動したのだ。
トラルザードには一切知らせていない。
だから、急に戦闘が始まって驚いたのだろう。
「お主の敵をよく見れば、種族の構成からすぐにワイルドハントと分かった。そいつらが魔法弾に右往左往しておったわ。あんな神出鬼没な連中をよく罠に嵌めたな。さすがと言えよう」
「ネヒョルの行動は何となく分かりますから」
奴の考えることは分かる。そこから行動を推測した。
ネヒョルは思考が論理的であるがゆえに、分かりやすい。
「お主が見事ネヒョルを倒したのも見た。そのせいでお主が死んだのもな……いや、死んでなかったわけだが」
「俺も死んだと思ったんですけどね、こうして生き返ってます」
「うむ……残ったワイルドハントの面々は我の軍が殲滅させた。姿を隠すことができなくなったようで、散り散りに逃げたが、そこは我が領内であるからな。追いかけて最後の一兵まで討ち取ることができたわ」
「それは良かったです。敵の生き残りについては気になっていたんです」
「お主の部下たちもよくがんばっておったよ。あれはまた独特であるな」
独特……ヒャッハー部隊のことだろうか。
突撃させると、嬉々として向かっていく血の気の多いやつらだ。
そしてその時のヒャッハー度が高いほど、よく働く。
最近はヴァンパイア族なども加わって、なんかもうカオスな状態になってしまった。
「それで俺の部隊はどうなったんですか?」
「お主が死んだことで、残った者が部隊をまとめたらしい。お主の死体はその場で埋葬しようと思ったのだが、ちょうどその時、敵軍の情報が入ってのう」
あの場所に負傷者を置いて、トラルザードは軍を出発させなければならなくなったらしい。
この時点でトラルザードは、俺が死んだものと考えたようだ。
トラルザード軍の休憩所に残ったのは、戦いで怪我をした者と俺の死体。
その後、怪我がもとで死ぬ者もいたため、トラルザードが休憩した場所に臨時の救護施設を作ったらしい。
そして支配の石版からもネヒョルの死が確認された。
これはちょうど、トラルザードがリーガードの先兵を蹴散らしている間に確認が取れたらしい。
だがその時トラルザードは、別の部分に注目した。俺の名前だ。
俺の名前が支配の石版にあることを訝しみ、もしかすると俺がまだ死んでいないのではないかと考えたらしい。
「ちょうどお主の死体は、他の者と一緒に埋めるところだったのじゃ。我はそれを止めさせ、町に運んだわけじゃ」
「なるほど。それでリーガードとの決戦に向かったわけですね」
「そうじゃ。やはりというか、リーガード本人が出てきおった。我とリーガードとの一騎打ちじゃな」
魔王同士の戦いに、他の者は介入できない。
はっきり言って、近くにいるだけで死んでしまう。
それは以前、竜形態に戻ったトラルザードを見たときにも思った。
あれが暴れれば、その巨体の下敷きになっただけで即死だろう。
トラルザードとリーガードとの戦いは、激戦と呼ぶにふさわしいものとなったらしい。
双方が引かず、激しい応酬が繰り広げられ、ついにはトラルザードがリーガードを下したという。
魔王が魔王を倒したのだ。快挙と言える。
「そのせいで、魔界がにわかに騒がしくなってしまってのう……」
いま大魔王に一番近い魔王が、トラルザードらしい。
大魔王の座を巡って、残った六人の魔王が大乱戦を繰り広げるべく、行動を開始したのだという。
「魔界は大混乱ですね」
「……うむ」
魔界はいま、どこもかしこもヒャッハー状態らしい。
俺の部下たちもヒャッハーだが、その規模が違う。
もちろんトラルザードもそれに巻き込まれている。
というか、大きな渦のひとつのようだ。
「我が領の北にある魔王ジャニウスが、その隣の魔王ギドマンと手を組んだようでの」
トラルザードに戦いを挑んできたらしい。
「魔王と魔王が手を組んだんですか。そりゃ、大変だ」
なんで俺、こんなときに生き返ったんだ。