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もしヤマトがヘラと戦い、人界に来なかったら……もしくは、人界に来ても異界を造らなかったら、人類の歴史はどう変わっただろうか。
「魔界の住人の存在が明らかになり……まあ、全滅しただろうな」
貴重な研究材料として生かされるかもしれないが、そっちの方が悲惨だろう。
闇に紛れて、人の歴史の裏で生きる……生きられるほど、奴らは賢くない。
見つかって、戦って、そして死んでいっただろう。
神話や伝説上の生き物が見つかれば、「他にもいるかも」と大捜索大会が始まるに決まっている。
非戦闘種族が運良く逃げたとしても、「現代」の科学技術があれば、やはり見つかってしまう。
――百二十年ぶりに、神話時代の生き物を発見!
そんな見出しが新聞の一面を飾るかも知れない。
ヤマトが世界中を巡って同胞を集め……ついでに天界の住人を皆殺しにしたのは正しい。
とすると、やはり問題はヤマトの死後のことだ。
メルヴィスだって不死じゃない。
強大な魔素を内に抱えていても、いつ寿命がきてもおかしくない。
もっとも、あと何百年も生きるかもしれないが。
それでも寿命はある。
ヤマトの場合、外見だけみれば年齢を感じさせない。
だが、外見が変化せずに老いて死ぬ種族もいる。
日本武尊はユニーク種だ。
どんな最期を迎えるか、先例がないはずだ。
自分の死後を考えて、人間と敵対しない魔界の住人をつくりあげ、少しずつ人界に根ざさせようという考え。
人間社会が成熟すれば、そういった存在を受け入れる土壌が生まれると考えたのだろう。
だがそんな養殖みたいな生。満足か?
「何か不満があるようだね」
ヤマトの言葉に俺は笑った。端的に表現すれば、「嗤った」の方がしっくりくるか。
「不満か。不満はあるな……どうやら、俺は魔界流の考え方に染まっているらしい」
うん、決めた。もうヤマトを敬うのは止めよう。
大人しくするなんてクソ喰らえだ。
やりたいようにやる。それが魔界流だろ?
魔界は弱肉強食じゃねえ。あそこは、もっとこう……ヒャッハーな世界だ。
喰うために戦う? 強さを見せつける? 知るかボケ!
俺たちは、ただヒャッハーしたいから戦うんだよ!!
「何やら不穏な顔をしているけど」
「ああ……決めたぜ」
「なにを決めたのかな」
「この異界、壊させてもらう」
直後、ヤマトの雰囲気も変わった。
擬人の器に入ってすら分かる、ピリピリとした殺気が放たれた。
「させないよ」
「するさ……ついでにゼウスの結界も破壊する」
「そんなことしたら、人界が大混乱に陥るよ。人も大勢死ぬ。魔界も天界の住人も多くが死ぬね。それでも壊すというの? 魔界が消滅するかもしれない。いまの人界には、それだけの力がある」
「ああ、勿論知っているぜ」
ヤマトは……ヤマトだけは時々擬人の器に入って、人界に下りているんだろう。
人界のことは詳しそうだ。だけど、それがどうした。
ヤマトをぶっ潰して、異界をぶっ壊して、ゼウスの結界も何もかも破壊してやる。
戦いを忘れた魔界の住人連中を俺がヒャッハーさせてやんぜ。
俺は立ち上がった。
ヤマトの後ろにずっといた側近たちが、視線で殺さんばかりに睨んでくる。
「擬人の器に入ったままで勝てるとでも? 魔界にある身体は死んでしまっているならば、器の死は本人の死でもあるのだけど」
「だったらどうだってんだ」
常夏の海岸で叛乱勢力と戦ったが、結局俺が叛乱してしまった。
だが仕方ない。あんな話を聞かされたんだから。
「始祖様、ここは我らが」
側近が二人前に出てきた。
名前は聞いてない。側近Aと側近Bだ。
「雑魚は引っ込んでな」
俺の挑発に、側近AとBの殺気が増した。
「彼らは魔界にいれば、魔王級だよ」
「……ふん」
ここ、水晶宮殿の一室で戦いが始まった。
なるほど、敵は強い。
魔素を正しく把握できなくなった俺だから良かったものの、他の者では、魔素にあてられ、反抗する気力を根こそぎ奪われていたところだ。
何しろ、奴らが腕を一振りしただけで宮殿の柱が、床に落としたガラス細工のようにコナゴナになったのだから。
「魔素量の差は歴然ってか?」
俺の嗤いは続く。
一つ一つの破壊力は凄まじい。
魔王級と言うだけのことはある。
攻撃を受ければ、魔素強化した俺の身体でもペシャンコになりそうだ。
さすがはヤマトの副官。だが、メルヴィスほど圧倒的な差はない。
そして戦いはというと……。
「なぜだ!?」
「どうして!?」
副官AとBが驚きの声を上げている。
分からないだろう。分かるはずもない。
いくら強くても、戦いを忘れた種族が勝てるわけがない。
これならばまだ、サイファやベッカの方が脅威だ。
およそ生まれてから一度も戦ったことのない奴らは、赤子と同じだ。
高い身体能力をいくら持っていようと、それが俺に通じるとでも思ったのか?
対人の駆け引きすらしたことのない奴が、初めての戦闘でプロ相手に圧倒できると思ったのか?
だから俺は言ってやった。
「おとといきやがれ!」
殺気渦巻く相手に、俺はビシィっと中指を突き立てた。