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俺が通された部屋はかなり立派なものだった。
すでに五人の人物が先にいた。
逆を言えば、他にだれもいない。
中央にいる美丈夫がおそらくヤマト。
髪を後ろになびかせた風流な風体の優男だ。
その左右にいかにもな古強者が二人ずつ控えている。
俺を先導した者は一礼して去っていった。
つまりここには、俺を含めて六人しかいない。
「私は始祖ヤマトと呼ばれている。好きに呼んでもらってもいいのだけど、部下がうるさくてね。そう呼んでくれるかな」
「分かりました。始祖ヤマト様と呼ぶことにします。申し遅れました、俺の名前はゴーランと言います」
できるだけ穏便に話すようつとめてみた。
本当は顔を見た瞬間に殴りかかろうとしたが、周囲の圧力からそれを自重した。
というか、いきなり攻撃をしかけてきそうな側近が脇を固めている。
殴りかかる前に消されそうだ。
どうやら、この側近たち。俺のことが嫌いらしい。
「早速だけど、キミはだれかな?」
柔らかな声で、ヤマトはそう問いかけてきた。
俺は一瞬「?」の表情を浮かべた。
いま名乗ったばかりなのにと考えていたら、続きがあった。
「擬人は一定以上のダメージを受けると魂を放出する。もとの身体に帰ると思っていたところ、それがなかった。改めて聞くけど、キミはだれなのかな?」
なるほど、そういうことか。
ちょっと意地悪したい気持ちにかられた。
「先ほど名乗った通り、俺はゴーランでございます。それ以上でもそれ以下でもありません」
やや慇懃無礼な態度で接してみた。
すでにヤマトが聞きたいことの意味は分かっている。
身体から離れた魂は、本来繋がっている場所へ戻ろうとする。
それはメルヴィスの説明からもあった。
ヤマトが知らない訳がない。
「魂が身体に帰る様子がなかったので、連れの者に聞いた。ゴーランの本体については知らないという」
それはそうだろう。ジュガには何も話していない。
ヤマトは続けた。
「試しにキミの魂を別の器に入れたら、できてしまった。さあここで問題だ。身体と魂が繋がった状態で、器を入れ替えることはできると思う?」
そう聞くということは、できないのだろう。
仕組みは分からないが、擬人の器を渡り歩くことはできなさそうだ。
「回りくどい話はいいですから、何が聞きたいんですか?」
多少呆れた風を装って、俺は尋ねた。
ヤマトは俺に聞きたいことがあるようだが、俺だってあるのだ。
一方的に情報を聞きだそうとしても無駄だ。
「キミを調べた。そうしたら身体と魂が繋がっていない。つまりキミは帰るべき身体を失っていることになる。つまりキミは死者だ」
ここでヤマトはわざと言葉を切った。俺の反応を見ている。
だから俺もわざと無反応を貫き通した。
「いい精神力だ。……死者の魂はしかるべき所へ行く。擬人の器に入るはずがない」
「そうですか。それは知りませんでした。たしかに俺は冥界から来たんですけどね、始祖……いや、小覇王ヤマト様」
瞬間殺気が膨れあがった。といっても、ヤマト本人ではない。
側近たちが今にも襲いかかってきそうなほど、殺気をまき散らしている。
「……事情は半分飲み込めたかな。キミは魔界で死んだ。生まれ変わるために人界にきたが、なぜか赤子にではなく擬人の器に入った。そしてこれも不思議だけど、魔界の住人だった頃の記憶がある。それでいいかな」
俺は頷いた。冥界から来たとしか言わなかったが、小覇王のくだりで察したようだ。
だけど理由は話さない。
俺が冥界を抜けられたのは、オレのおかげだ。
それは俺だけが知っていればいいこと。目の前のヤマトに言う必要などない。
そして当のヤマトはと言うと、「貴重な……だけど、人界の結界は……」とブツブツ呟いている。頷かなければよかったか?
「俺のことはどうでもいいんです。それよりハッキリさせましょう。異界で茶番を仕組んで、何をたくらんでいるんです?」
「それはどういうことかな?」
今度は俺の番だとばかりに尋ねたのに韜晦された。
「魔界は全土が乱れています。群雄割拠ですよ。それはそうだ。魔界の住人は、戦わねば、生きていけない連中が多いんですから。ここのように、他種族と争うなと押さえつけてどうしようと言うんです? 暴発するに決まっているじゃないですか」
俺が叛乱勢力と言い争ったとき分かった。
連中の中でも上に立つ者たちは自分たちの末路を知っていた。
戦うことは、種族のアイデンティティだ。
彼らは争うべくして争う。それが本能。オーガ族の中でも穏健派の俺がいうのだから、間違いない。
戦うのに理屈は存在しない。
それを禁止された彼らは、負けるのを承知で抗うしかなくなる。
まるでだれかの手の平の上で転がされているかのように。
分かっていても止められなかったのだ。
「キミはどう考えたのかな?」
逆に問うてきた。
種族間の争いを止めさせた理由か。それとも叛乱勢力をわざとつくり出した理由か。
俺は答えた。
「ガス抜き、暴発しそうな者を一カ所に集めて討伐しやすくする、人間に危害を加えないための措置。いろいろ理由は思いつきますけど、どれも真の理由ではない気がしますね」
これら一連の流れには、明確な意志がある。
俺でしか分からない意志が。
「……ほう、では聞こう。真の理由とは?」
さっきまでの雰囲気がなくなった。
俺を見定める目をしている……気がする。
ここから先を言うのは危険か?
一瞬だけ、「やっぱ誤魔化すか」と心が囁いたが、それを無理矢理押さえつけた。
(もしここで死んだら、オレは怒るかな)
ふと脳裏にオレの最期の言葉が浮かんだ。
――オレの魂じゃなく、オレの想いを持っていってくれ
オレはそう言っていた。
俺はいま、オレの想いを持ってきている。俺の心は俺だけのものじゃない。
(……だったら、ここで引くわけにいかねえよな。オレだったら迷わず進む)
あの世でオレに笑われたくない。
ならば俺も踏ん張るだろ。
ヤマトの考えはもう分かっている。
あのヤマトの視線は本物だ……側近の放つすさまじいプレッシャーがそよ風に感じる。
でも俺は言う。
ここは引かない。
「始祖ヤマト様、あなたの狙いは……」
――魔界の住人の改造だ
俺はそう言い放った。