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俺は夢を見ている。そう、これは夢だ。
なにしろ、俺はいま人間の姿だから。
放任主義の母親と、得体のしれない道場主に育てられた頃の夢。
母親が仕事に行く間、俺はいつも近所の道場に預けられていた。
そこはとても変わっていて、どこで知り合ったのかと思うような人たちが、道場にやってきた。
戦場を渡り歩いている傭兵、地下格闘技場で戦っている命知らず、外国で王族を警備している者、反対に要人を暗殺する者などがやってきては、俺にその生活の一端を話し、気が向いたときにオリジナルの技を教えてくれる。
現代でスポーツ化された武道などではなく、戦国時代に流行った、首を獲るための技もあった。
軍隊格闘術、古武術……そして、気功術などもそれに含まれた。
将来役に立つぞと教えてくれた技の数々は、「絶対に使う機会ねえだろ」という言葉を飲み込んだまま、俺は吸収していった。
俺には父がいない。
物心ついたときからいなかった。
母親に聞くと、そのとき思い出したかのような嘘で誤魔化された。
「お星様になったのよ」
「そこの縁日で会っただけだしねえ」
「戦場で一目惚れしちゃった」
最後のときはさすがに「行ってねえだろ!」と突っ込んだ。
結局、父親が誰なのか教えてくれなかった。
道場主は知っている風だったが、俺に語ってくれることはなかった。
雰囲気から、父親は日本にいないんじゃないかということだけは覗えた。
もしかしたら本当に戦場あたりを彷徨い歩いているのかもしれない。
俺はずっと道場に預けられていたため、自然とそのままそこに居着くようになってしまった。
教わる側から教える側にかわり、それを見た道場主が、俺を師範代という名の下僕にしたてあげたのだ。
「えっ? 新しい講座を開いたんですか?」
新しい物好きの道場主は、テレビで特集されたりすると、すぐに感化される。
「なんで俺が教えるんですかっ!」
朝、道場に顔を出すと、女性向けのダイエット空手講座を開設したから、担当するようにと言われた。
その前はダイエットボクシングだった。
道場主は、俺をまるでマルチな人形だと勘違いしていたと思う。
さまざまな講座を開いては、俺に任せるようになった。
道場内に背の低い机を持ち込んで、編み物教室やパソコン教室まで開きやがった。
全力で抗ったが、すでに生徒さんが来て座っているというので、俺は仕方なく講義をしたものだ。
そして運命のあの日。
俺はいつものごとく、道場へ向かう途中……
「ハッ。夢か……いや、夢じゃない。あれは俺の前々世」
そこで俺は違和感に気付いた。
「身体が……治っている?」
擬人という器に入っていた俺は、反逆者たちとたたかい、身体のあちこちが失われてしまった。
あのとき、雑魚を蹴散らしていたら、敵の首領が現れた。
たしか、ヴァーガンとノーシュ。
幻灯竜と牙砕竜だった。俺はあれと戦った。
内に抱えていたものがあったとはいえ、無茶をしたものだ。
おかげで死にかけた。
身体ももう使いものにならないくらい損傷していた。
だが治っている。
あれだけ受けた傷が見当たらない。そして裸だ。
「どういうことだ?」
異界に来てから、裸率が高い。
そしてここ。
豪奢な装飾がほどこされた部屋に俺はいた。
この部屋に見覚えはない。
「どこだここ」
「あっ、ゴーラン様。気がついたんですね」
部屋の入り口からジュガが顔を覗かせた。
「ジュガ。おまえ、どうしてここに……って、ここはどこだ?」
「ここは常春の野原です、ゴーラン様。なんと水晶宮殿なんですよ」
「へえ……」
どゆこと?
俺が戦った場所は、常夏の海岸。
水晶宮殿までは、徒歩で二十日以上かかるはず。
いや、そうじゃない。
ヤマト! 戦いのあと、俺はヤマトと出会った……はずだ。
「ゴーラン様はいま、新しい擬人の器に入っているんです。あっそうだ、起きたら知らせるように言われていたんでした」
ジュガはそのままどこかへ去ってしまった。
慌ただしいやつだが、助かった。
短い会話だったが、分かった情報は多い。
ここは常春の野原にある水晶宮殿らしい。
ヤマトの住む場所だ。
そしてここならば、使われていない擬人の身体が安置されている。
俺は器を乗り換えたようだ。
「だから裸なのか……」
それは分かったが、それ以外がまったく分からない。
「こういうときは、じっとしているに限るな」
そのまま部屋で待つことにする。
その間に考えてみた。
(もしかして、ヤマトが俺を連れてきた?)
最後に見た光景がアレならば、それしかない。
ジュガの道案内は、常夏の海岸までという約束だった。
ここまで来ていたのは意外だったが、一緒に連れてこられたのだろう。
なんにせよ、知っている者がいる方が助かる。
しばらく部屋の調度品を眺めていると、見知らぬ種族の女性がやってきた。
色白で着物を着ている。雪女のようだが、緑色のツノを生やしている。
といっても、鬼種にこんな種族はいない。
「始祖様がお会いになるそうです。こちらへ」
「あ、ああ……」
始祖様? と思ったが、ボージュンが以前「始祖ヤマト様」と言ったのを思い出した。
やはり俺をここに連れてきたのはヤマトなのだろう。
俺は女性についていった。
さて、どうなることやら。