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違う、違うんだ。
ぜんぜんなってない。まったくもって違うんだ。
俺たち魔界の住人は、そんなお上品な生活なんかできやしない。
種族間で争うな?
この楽園のような環境で暮らせ?
――クソ喰らえだ
「ははっ……どうやら俺も、とっくに魔界の住人の一員になっていたらしいな」
俺は襲い来る敵をなぎ倒しながら進んだ。
痛快だ。昔は嫌だったのに、いまこれがすこぶる楽しい。
がさつで非文化的なオーガ族の村。
戦うしかできない脳筋ども。
かといって魔法一発でやられてしまう愚かな同胞。
オーガ族は何もかも、人間と違っていた。
俺は人の記憶があることで悩み、魔界に溶け込めない自分がいた。
どこか、一歩離れたところから……いや、上から見下ろしていた。
「ははっ……ふはははっ……ははははははははははは」
魔界の住人の肉体を捨てたことで、自覚したのか。
「俺は……俺は……もうとっくにこっち側だったんだ!」
おまえたちもそうなんだな。
辛かっただろう。
苦しかっただろう。
戦えない自分は、なぜここにいるのか分からなかっただろう。
分かるよ、分かる。
戦って、戦って……戦い抜いて、おまえたちは死にたいんだな。
よく分かる。
「全部まとめて俺が相手してやらぁ!」
殴った。もうこれでもかというくらい殴った。
千切った。放り投げた。踏みつぶした。
楽しそうじゃねえか。
顔面をグシャグシャに砕かれて、満足そうじゃねえか。
そうだよな、分かるぜ。
雑魚を潰し終える前に、真打ちが登場した。
圧倒的な存在感をもつ竜種。それが二体同時に現れた。
「どっちがどっちだ?」
名前忘れたわ。まあいいか。
「おまえ……だれだ?」
「ご託はいい。かかってこいや」
二匹の竜は、躊躇してやってこない。
なにを警戒している。
こんな機会を待っていたんだろ?
だったら、四の五のいわずにかかってくればいいんだ。
「来ないんなら、こっちから行くぜ」
俺は、奴ら目がけて、一直線に走り出した。
新たな戦いだ。敵は格上。全力でいくしかない。
全力だって、勝てるか未知数だ。
「だが、それがいい」
俺の笑みは深くなるばかり。
二体の竜種との戦闘。
それは壮絶だった。
苛烈を極めたと言っていい。
互いに譲らず、引かず、そして従わずだ。
そこから先は、正直覚えていない。
竜種は上位種族の中でも、特別な存在。
よく分からないうちに劣勢においやられて、気がついたら負けそうだった。
やつらは、はじめから竜形態だった。
人型になれない種なのかもしれないし、その辺はよく分からない。
分かっているのは、こっちが殺すつもりでいっても、二体同時だと負けそうってことだけだ。
「うるぁあああ!」
身体に取りついて、鱗をひっぺがす。
こんな防御力の化け物相手に、武術とか体術とかは効きやしない。
とにかく力押しだ。
それだって、さっきからじり貧。
片っぽの足がなかった。どっかで囓られたらしい。
視界が赤く染まっているし、魔素も切れかけている。
ああ、これは死ぬな。そう思った。
「もうだめだ……と思ったところからが、本当の戦いだぜ」
やせ我慢だが、真実だ。
俺が使ったのは、特殊技能の『魔素吸収』。
ここから仕返しだ。
こいつらの魔素を根こそぎ喰らってやる。
遠慮なんかしない。
破裂するまで吸い出してやるよ。
「どうだゴルァ!」
俺の叫びとともに、二体の竜のうち、残った一体が沈んだ。
白目をむいて、崩れ落ちたのだ。
もう一体は向こうの方で、血の泡を吹いている。
痙攣をはじめたので、復活することはなさそうだ。
「どうだゴルァ!」
俺が腕を高々とあげると、残った連中は算を乱して逃げ出した。
雑魚たちは戦いに巻き込まれないように、最初から逃げ出している。
残っていたのはそれなりに戦えるものたちばかり。
だがボスが倒れると、奴らの戦意は根こそぎ打ち砕かれ、悲愴な顔で逃げていった。
「ふざけんなコラァ。起きやがれ!」
気絶した竜の一体の頭を叩く。
何の反応もない。
「まだやれんだろうが!」
そう言ったものの、俺の身体も満身創痍。
片目はとうに塞がれ、脇腹は抉れている。
片足が膝から下がないため、立って歩くことができない。
それでも俺は、竜の頭によっかかりながら、竜の頭を小突く。
戦闘の続きを促した。
「こんなもんじゃねえだろ」
自分でも無理強いしているとは思うが、それはそれ、これはこれ。
「起きねえんなら、このまま暴れるぞ!」
それでも反応がない。
「暴れるって言ってんだ、ゴルァ」
まったく反応がない。
「だったら、この異界をぶちこわしてやんよ、コラァ!」
反応があった。
だが、竜からではなかった。
「それはちょっと困るね。止めてもらえるかな」
俺の頭上、空の高みから、そんな穏やかな声が聞こえた。
「来やがったか」
俺が言うと、そいつはゆっくりと降下をはじめ、俺の目の前に降り立った。
「俺はゴーランだ。……分かっているが、一応名前を聞こう」
「私? 私の名前を聞きたいのかな?」
「そうだ……おまえの口から聞きたい」
片目だけど、よく見える。
俺は相手を睨みつけた。
「そうだね。それが礼儀か。……では名乗ろう。私の名前はヤマト。はじめまして……かな?」
そいつはそう告げた。
俺は言い返そうと口を開いたが、すぐに視界が暗くなった。