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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第9章 異界の旅路編
305/359

305

○常夏の海岸 ジュガ


 すごい、すごい、すごい!

 やはりゴーラン様は強かった。


 反抗勢力なんて、まったく目じゃなかったんだ。

 ゴーラン様は「こいつが部隊長だ」といって、伸びていた男の頬をひっぱたいた。


「うっ……」

 男の意識が戻った。話を聞くみたい。


「ジュガは外を見張っていてくれ。もしかすると、仲間を連れて戻ってくるかもしれない。そしたら大声で知らせるんだ」


「分かりました!」

 ゴーラン様はボクに任務を与えてくれた。


 だれ一人見逃さないように、見張らなきゃ。

 ボクはトーチカの上にのぼり、目を凝らした。


 トーチカの中ではゴーラン様がごうも……尋問をしているのだと思う。

 時折、大きな声が聞こえてくる。


 でも、固めた土が厚いのか、ほとんど聞き取れない。


 しばらくして尋問が終わったらしく、ゴーラン様が出てきた。


「ゴーラン様、おめでとうございます」

 ボクが駆けよったら、ゴーラン様はとても難しい顔をしていた。


 じっと道の先を睨んで、返事がない。


「えっと、ゴーラン様?」

 近くでもう一度声をかけた。


 そこでようやく気がついたみたいだ。

 だけど顔は険しいまま。


「……くっそが!」

 そう吐き捨てたけど、どうして?


 戦闘が始まってすぐにゴーラン様はトーチカを破壊した。

 そのあと中に乗り込んでいって、敵が逃げ出した。


 ゴーラン様の顔が険しいのは、さっきの話し合いのせい?

 戦いに入る前に何かののしり合いをしていたし、さっきまでは部隊長を尋問していた。


 ゴーラン様の様子は、ずっと普通だった。

 変わったのは、尋問を終えて出てきてから。


「いくぞ」

「えっ? ええっ?」


 ゴーラン様はボクの返事も待たずに、トーチカを降り、先に進んでしまった。

 この道の先にはうろの洞窟がある。


 反抗勢力の本拠地だ。

 洞窟の入り口はひとつだけだが、中はかなり広くて複雑になっているという。


 洞窟の中なのに巨大な広場が存在したり、かなり深い縦穴が空いていたりと、話を聞くだけでも凄そうだ。


「ゴーラン様、どうしたんです?」

 これからヴァーガンとノーシュを倒しに行くんですよね……そう言いたかった。


 ボクの一族が散り散りになった原因。

 あいつらがここを占拠したために、どれだけの種族が追い出されたか。


 あいつらをやっつけてくれるならば、万々歳だ。

 だけど、ゴーラン様の様子は少し変。


 明らかに怒っている。

 何に怒っているのか、ボクにはまったく見当も付かない。


 だから話しかけることができなくなっていた。


「…………」

「…………」

 互いに無言で道を進む。


 海岸沿いを歩いて、歩いて……そして気がついた。

 道の先にあいつらがいた。


 だけど近寄ってこない。

 ボクら……というか、ゴーラン様を見つけると、急いで戻ってしまう。


 すぐに誰もいなくなる。それの繰り返しだ。

 だからボクらは、だれも通らない道をずっと進んだ。


「あの……ゴーラン様」

「ん?」


 よかった。ようやく返事をしてくれた。

 本当についさっきまでピリピリしていたから、怖かったのだ。


「どうしてさっき……怒ったんです……か?」


 これだけは聞いておきたかった。

 ゴーラン様があれほど怒った理由を。


「おまえは、ヤマト様を尊敬しているか?」

 ボクの質問についての返事はなかった。


 代わりに、突然変な質問がきた。そんなの、答えは決まっている。

「尊敬してます。当たり前ですよ」

「そうか」


 そっけない態度。

 でもなんで? ゴーラン様が怒ったことと、ヤマト様が尊敬されることに何か関係でもあるのだろうか。


「ゴーラン様……なにか変ですよ。どうしちゃったんです?」

 それは賭け。

 これ以上突っ込むと、ゴーラン様の怒りがボクの方に向くかもしれない。


 だけど、そんなことにはならなかった。

 ゴーラン様は立ち止まり、ボクの方を向いた。


「あいつらは、ヤマト様に反抗した」

「はい。それは分かっています」


「戦いしか能の無い連中だ。それを禁止したら困るよな」

 アイデンティティの崩壊だとゴーラン様は言った。


 アイデンティティとは何なのかよく分からなかったけど、言いたいことは分かった。

 戦いが好きな種族に戦いを止めろと言われたら、ただただ困ってしまう。


「ゴーラン様はもしかして、そのことで怒っているんですか?」

「分かったんだ。分かっちまったんだよ。あれもするな、これもするなで締め付けて……そりゃ暴発するよな」


「反抗勢力のことですよね」

「そうだ。戦う前、あいつらに聞いたんだよ」


 言い合いをしていたときだ。距離があったので、何を話していたのかボクには聞こえなかったけど。


 ゴーラン様は奥歯を噛みしめていた。

「戦いたいんだと。戦って死にたいんだと。もうこんな生活は嫌なんだと叫んでいた。部隊長も同じだ。みんな同じ事を言う」

 それは悲痛な叫び。


 戦闘種族から取り上げたもの……それは何だったのか。

 ゴーラン様は言った。


 あいつらは死を望んでいる。戦って死ぬことだけ考えていると。

 だけど、ただ死ぬんじゃない。自殺したいわけではないのだ。


 意味のある戦い。自分がここに生まれて、戦いに負けて死ぬんだと満足したい。

 みな口を揃えて、言っていたらしい。


 ボクは思った。それは別段珍しいことじゃない。

 ヤマト様は異界をお造りになって、そこに住むすべての住人を守るために決まりを作った。


 ――種族間で争わないこと


 この異界で守るべき決まりは、ただそれだけ。

 そしてあいつらはそれを破った。


「こういった反抗勢力が出てくることは何度かあったって言ったよな」

「はい。数百年に一度くらいあるみたいです」


「不満を抱いた連中が暴発する。自滅させるのか討伐するのか分からねえが、それでガス抜きさせているんだろう。……何でこんなことをしやがったんだ」


 なぜこんなことを? というのはヤマト様に対してだろうか。

 ゴーラン様は、ヤマト様の考えに反対? でもどうして?


「死にたいか、死にたいよな。自由に戦えないんじゃ、群雄割拠も下克上も……魔界にある戦いを否定されているもんだしな」


 ゴーラン様が笑っている。でもおかしい。

 楽しくて笑っているとはとても思えない。


「だったら殺さねえ。殺さねえで制圧してやる。死にたい? 死なせるもんか。なあ、そう思うだろ?」


 ゴーラン様が歯をむき出して笑った。

 擬人に入っているから魔素は外に漏れていない。


 なのに……なのに、なぜか、ゴーラン様の笑顔を見て、背筋が寒くなった。

 身体がガタガタと震え出した。


 いまのゴーラン様は……怖い。とてつもなく怖い。


「さあ、おでましだぜ」

「えっ?」


 ゴーラン様が顎をしゃくった先。

 そこには沢山の反逆兵たちがいた。


 剣を持った者、槍を構えた者。

 魔法を撃つ準備をしている者たちがいる。


 数は二百、もしくは三百……。


「さあて、宴をはじめようじゃないか。明けない夜はない。だったら、束の間の夢を見させてやろう」


 ゴーラン様は大軍を前にしても臆することなく歩いていった。


 ボクは、あいつらを見ただけで足が竦んでしまった。

 怖くて、もうこれ以上進めない。


 足を止めたボクに反して、ゴーラン様は進む。

 その背中が徐々に遠くなっていく。


「ゴーッ……」


 声をかけようとして思いとどまった。

 これ以上進めないボクには、ゴーラン様にかける言葉がなかった。


 ボクはただ……それを見ているだけ。



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