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「おうおう、おまえら、見かけねえ顔だな。他所もんか?」
なんか絡まれた。しかも絡まれ方が予想通りすぎる。
「なんだてめえら、やんのか? 喧嘩売ってんなら全部買うぜ。この人がな」
ジュガが啖呵きって、俺を前に押し出した。
ジュガ、何やってんの?
どこぞの芸人か。
「ほう、てめえ……それ擬人か?」
一人が進み出て、俺を下からねめつける。
「珍しい……こりゃ、たしかに擬人だ」
もう一人は、俺の姿を下から上までジロジロと眺めてくる。
いきなり襲いかかってくることはないようだし、話し合いは通じそうな気がする。
「そうだぞ。この擬人の方はなあ、泣く子も黙る『反逆の殲滅者』と呼ばれた、それはそれは恐ろしい方なんだぞ。よく見知りおけよ!」
なんでジュガが偉そうなんだよ。
というか反逆の殲滅者って、ジュガが考えた呼び名じゃないか。
「お前、『反逆の殲滅者』って知ってるか?」
「いや……聞いたことねえな、そんな痛い名前」
ほれみろ。「何この人」的な扱いを受けているじゃないか。
しかも「痛い」とか言われた。目の前で言われた。
「おまえら、耳の穴をかっぽじって、よく聞きやがれ。この『反逆の殲滅者』様はな、クサレ竜のヴァーガンとノーシュを討伐しにきたんだ。さっさと案内しやがれ!」
いや、そうじゃないだろ。
そんなつもりないし、無事に常夏の海岸を抜けたいだけだから。
「な、なんだと!? この『反逆の殲滅者』が我らが盟主様方を討伐すると?」
「こ、こうしちゃおれん。『反逆の殲滅者』の襲来だぁ!」
おい待て、その痛い名前を連呼するな。
そうじゃない。ジュガの言い分を真に受けるな。
「い、いまのをヴァーガン様に知らせなくては」
「俺はノーシュ様の所へ行ってくる」
「じゃ、手分けして」
「おう」
「「いくぞ、おー!」」
連中は走って去って行ってしまった。
「……ハッ、口ほどにもない。そうですね、ゴーラン様」
「おまえ、何やってんの?」
口の端をつり上げて笑うジュガに、俺は特大のゲンコツを落とした。
ジュガに問いただしたところ、さっきの連中は反抗勢力側の巡回兵らしい。
首元に揃いのスカーフを巻き付けていたので、間違いないと。
「なぜスカーフを?」と聞いたところ、「反逆の印」だと見当外れの答えが返ってきた。
それと、ジュガが何でああも居丈高に出たか。
故郷を追われ、散り散りになった赤帽子族の恨み辛みということらしい。
ジュガはいま、ボージュンのもとで下働きしているが、他の同族がどこで何をやっているのか一切分からないという。
野たれ死んでいる可能性もかなり高いとか。
たしかに住処を追われた非戦闘種族は、魔界でも生きにくい。
もしくはとても逝きやすい。
生きにくいし、逝きやすいのだ。いまちょっとウマいこと言えた。
そういう理由で非戦闘種族のジュガは、彼らを憎んでいる。
ジュガと最初会ったときから、感じていたが、本当に俺を彼らと敵対させたいようだ。
それについては、予想できたことなのでそれはいい。
だが……。
「あいつら、別に敵対的じゃなかったぞ」
問答無用で襲いかかってくる感じではなかった。
素直に通してくれるかは微妙だが、見るものすべて敵という印象でもなかった。
これは統制が取れている証拠だ。
案外、軍組織としてしっかりしているのではなかろうか。
「それでもボクたちを迫害したんですよ。立派な敵です」
「そうかな……まあ、そうかもな」
非戦闘種族は、基本的に強い種族に従属して生きる。
出て行けと言われれば出て行かざるを得ない。
すべて戦闘種族のいいなりだ。
だがそのいいなりの生活が悲惨かといえば、そうでもない。
強い者は意外とみな大ざっぱなので、彼らのような者がいないと、基本的な生活すら成り立たない場合が多い。
たとえば飯の用意から始まって、ゴミ捨てのような日常の些細なこと。
当然上位種族だって、そういうのはできる。
できるけどやらない。
働いたら負けと考えているのか? いやそうではない。
たしかにニートっぽいが。
上位種族の思考はこうだ。
面倒だからやらない。誰かやってくれるだろう。
誰もやってくれない? だったらやらせるまでさ。
このような感じだ。
そこで上位種族の手足となって動く非戦闘種族の出番である。
彼らの存在が不可欠なのである。
そのため、虐待したり邪険にしたりすると、ジュガのように故郷を捨てて逃げ出してしまう。
逃げられて困るのは戦闘種族だ。
そのため、非戦闘種族を軽視する種族は少ない。中にはクズみたいな種族もいるが。
だから俺は最初、もっと荒っぽくて、クズっぽい連中をイメージしていた。
非戦闘種族が逃げ出すのである。情状酌量の余地がないものと思っていた。
だが、思ったより統制が取れていて、少々意外だったのである。
「……じゃ、先に進むか」
巡回していた連中が走り去ったので、ここで待っていてもしょうがない。
彼らともそのうち会うこともあるだろう。
俺たちは海岸線の道を進んだ。




