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俺が常春の野原まで旅する目的は、小覇王ヤマト(仮)に会うためだ。
実は前々から、ヤマトに会ったら聞きたいことがあった。
たとえば俺が小さい頃、魔界で出会った人物は、ヤマト本人だったのかとか。
人界に結界が張られているから、魔界に来られるわけがない。
あれは別人ではないかと思っている……のだが、ヤマト本人である可能性が僅かながら存在している。
ほかにも聞きたいことがいろいろある。
ヤマトは時空の狹間に落ちたと言われて、長い間行方不明だった存在だ。
人界の……しかも異界なんて場所でシレッと生きていたのが分かっただけでも驚愕もの。
それまでどんなドラマがあったのかなんかも知りたかったりするが、それはまあいい。
「問題はメルヴィス様だよな……」
このことを知ったら、どんな反応をするだろうか。
何をおいてもやってきそうな気がする。
もともと、もう人界くらいしか探す場所がないとか言っていたし、そろそろ本腰を入れてこっちに来る算段をつけている頃かもしれない。
「でもおかしいな」
「何がおかしいのですか、ゴーラン様」
おっと、また一人で物思いに沈んでいたらしい。
「ヤマト様はなぜ異界を造ったのだろうと考えていたんだよ」
「それは……ボクたちを保護するためと聞いていますけど」
「それは分かる。けど、人界に張られた結界を壊そうとしなかったのはなぜだろう」
考えてみればおかしい。
ゼウスが張った結界は、かなり強固だと思う。
ゼウスは『人界を閉ざす』ために結界を張った。
だから外から破るのは難しい。
――だが、中からならばどうだ?
結界には、要となるモノが必要だ。
椅子や机でいうところの「脚」にあたる部分だ。
要は四つあると強固になる。ひとつくらい要が失われてもなんとか持つからだ。
四つ足の椅子で一脚が欠けても、なんとか座っていられるのと同じだ。
鼎という言葉があるが、バランスよく三本あれば直立できる。
反対に、要が一つしかない場合、それが失われると全部が失われる。
インテリアだと一本足の椅子がある。
あの脚がなくなれば、ステンと転がってしまう。結界だって同じだ。
結界の内側に『要』を置いておくからこそ、外側から破れない。
ゼウスだって、結界を張ったあとにまさかヤマトがやってくるとは思わなかっただろう。
要は絶対に、人界の中にあるはずなのだ。
それを壊せば、結界が消滅する。
「だのになぜそれをしない……?」
ヤマトならば、結界の要を見つけて、破壊することは容易だろう。
また聞きたいことが増えた。
俺たちの旅は順調に進み、予定より二日早く、秋と夏の境界にたどり着いた。
少しだけ強行軍をしたのだ。
「この白い霧の中を進んだ先が、常夏の海岸か」
「はい……でも別に、急ぐ必要はなかったですよね」
二日短縮したことで、ジュガは心なし疲れているようだ。
「そんなことないぞ。これで日程に余裕ができたから、常夏の海岸で多少時間を食っても問題なくなるんだ」
封印墳墓を出発する前、ボージュンから手渡された荷物には、それなりの食糧が入っていた。片道分だ。
この異界には動植物も存在するので、通常の旅のように狩りをしながら進むことができる。
おそらく異界を造ったときか、あとで動物を持ち込んだのだろう。それが繁殖しているのだと思う。
とにかく旅の日数がかかれば、いろいろと不足するものがでてくる。
何がおこるか分からないのだから、早く進めるときには、進んでおいたほうがいい。
白い霧はジュガの言う通り、百メートルほどで切れた。
踏み出した先は、常夏の海岸だ。
「うおっ、空が青い」
たしかにここは夏の世界だ。
ガキの頃の夏休みを思い出させてくれる。
「そうですね、このまま進むと十日ほどで末裔図書館に着きます」
「そこが常夏の海岸の中心地だっけか。……そういえば、封印墳墓に末裔図書館だろ。他には何があるんだ?」
そういったランドマークに擬人がおいてあるらしいが、冬や春には何があるのだろう。
「水晶の宮殿や無間氷雪のことですか?」
「水晶の宮殿は常春の野原にあるあれか。無間氷雪というのは常冬の里村かな?」
「そうです。無間氷雪は氷で作られた回廊の先にある牢獄と言われています。かつて人界にいた天界の住人が、いまもなおそこに閉じ込められているといいます」
「マジか? 天界の住人がまだいんの?」
「いえ……おそらくいないと思います。死んじゃいますよ、あんなところに閉じ込められたら」
どうやら、ただの噂らしい。
氷で作られた回廊は長いらせん状の廊下で、歩いて行くと知らず知らずのうちに地下へと繋がっているという。その最奥部は牢獄になっていると。
そして夜な夜な地下から天界の住人の呻き声が聞こえてくるとか。
その呻き声はおそらく風の音だろうが、本当だったら怖過ぎる。
しかし、そんな寒そうな地域で、魔界の住人がよく生きていられるな。
常夏の海岸は、たしかに暑い。夜だって、まるで熱帯夜だ。
ジュガに聞いたところ、ここには暑さに耐性がある種族だけでなく、結構いろんな種族が暮らしていた。
ただ、ヴァーガンとノーシュという二大竜がヤマトに反旗を翻したことで、徐々に居づらくなり、生まれ故郷を捨てて春か秋の地へ逃れ出したのだという。
「ヤマト様は、どうして叛乱勢力を放っておくんだ?」
ふと疑問に思った。
異界なんて、自分のお膝元だろう。
そんなところで叛乱を起こされたら、たまったもんじゃないと思うが。
「その辺はボクにも分かりません。けれど、こういうことは過去に何度もあったようですから、気にしていないんじゃないですか?」
「あー……」
そういうことか。
マジであり得るな。
ヤマトにとって竜の叛乱くらい、気にすることがないと。
そう考えると、会うのが怖いな。ヤマトはそのレベルの相手ということだ。
俺たちが道を歩いていると、向こうから五、六体の集団がやってきた。
「おうおう、お前ら。見ない顔だな、他所もんか?」
なにこのデジャブ。




