030
俺が刀を構えると、軍団長は舌なめずりをしやがった。真剣を向けられて喜ぶやつに付ける薬はない。本気でやってやる。
どうせ武器を手にして有頂天になっている俺をどん底に突き落とすつもりでいるのだろう。
「もう待たなくていいんだよね」
満面の笑みのまま、軍団長の身体がブレた。
対応できない速度で仕掛けてきた。そう直感したときには、目の前にいた。
残像を残したまま移動なんてマンガの世界みたいだ。
ただ、素早く俺に接近してきただけなので、対処できたりする。
身体能力頼みの攻撃は、素直でいい。
「――はっ!」
生前俺は、道場主から後の先の戦い方を仕込まれてきた。
無意識に身体が動くまで叩き込まれた。
どうやら軍団長が動いたと俺が知覚するよりも早く、身体は動いていたようだ。
三つ子の魂百までである。
軍団長の攻撃に対して俺が取った行動は。
――出会い小手。
剣道では、相手が動く瞬間に、出鼻を挫くように小手を撃つ技がある。
見てから、いや考えてからでは遅い。
ボクシングで言うところのカウンターか。
――キィン。
甲高い音が響いて、ネヒョル軍団長の爪が飛んだ。
手首を狙ったが、阻止された。
「凄い。凄いよ。ボクのスピードについてくるなんてっ!」
「当たる直前で躱した方が凄いけどな」
まったく、なんて反応速度だ。
「あは。分かるんだ。このままだと手首を斬られちゃうからね。爪だったら……ホラ」
指と同じ長さくらいの爪がニョキニョキと生えてきた。
爪を短い状態から伸ばしたのだから、斬られてもすぐに生えてくるか。
「相変わらず器用だな。そんだったら手首を斬られても同じだったんじゃないか?」
「うーん、それは遠慮したいな。すぐに生えてこないし」
なるほど、手首くらいだとすぐに生えないらしい。戦闘中は無理ってことかな。
「ならば、少し欲を出して腕をもらおうか」
「そのときは、綺麗に斬ってくれるかな。腕だったらつなげた方が早いからね」
斬られてもつなげられるのか。そんな非常識な身体をしていても、つなげるならば片腕で持つ必要がある。
両腕を斬り落とせば勝機がありそうだ。
「なにか覚悟が決まった顔をしているけど?」
「ああ……そろそろ勝たねえとな。邪魔が入っちまう」
「ボクの部下たちがやってくることを心配しているの? 大丈夫、ちゃんと言ってあるから」
その一言で理解した。こいつも闘うことを前提で俺と会っていたわけだ。
準備ができていないと思ったが、少し舐めていたかな。
軍団長もやる気になったようで、先ほどまでとは攻撃の苛烈さが違う。
それでも対応できているのは、鍛錬の賜物だろう。
軍団長が素直な攻撃しかしないのも大きい。
対応できない早さで来られても、予見と予測でなんとかなっている感じだ。
これでフェイントを混ぜられたらすぐに詰む。
「……!? そうか」
「あれ? どうしたのかな」
なんだ、簡単な事じゃないか。
武道は弱い者が強い者に勝つために足掻いてできたもの。ふむ。
「勝機が見えたんでね」
「へえー、それは楽しみだ」
タイマンだぞ……それが楽しみなのか。こんな世紀末な世界じゃ、娯楽は少ないもんな。
他に邪魔が入らない状態で闘っているとはいえ、長引かせたくない。そろそろ決着を付けよう。
なぜならば、軍団長はまだ「楽しんでいる」から。
本気を出していないのは大きい。
猫が鼠をいたぶるようなものだ。そこに俺の勝機がある。
「今度は俺から行かせてもらうぜ」
「どうぞ。無駄だと思うけどね」
そう無駄だ。軍団長の対応力では、俺の一撃は届かない。
先ほどから何度も隙を狙ったが、効果は無かった。
軍団長は、俺の剣を見てからでも躱せるのだ。
まったく、チート種族はこれだから困る。
俺は先ほどから何度もやっている送り足で近づく。剣は正眼に構えたままだ。
ここまでは同じ。違うのはここから。
これまでに三度、突きを放った。
一度目は避けられ、二度目は爪で弾かれ、三度目は弾かれた後に反撃を食らった。
すでに対応されている。だが……。
「はっ!」
喉元を狙って突く。もちろん今回も爪で弾こうとする。
「――やっ!」
突きを途中で引っ込めて、手首を狙う。
イメージはできている。自分の腕と刀がひとつのクランク機関になったようになめらかに動かす。
手応えはあった。
手首に剣先を押し当てて、押して引く。するとものの見事に軍団長の手首が落ちた。
これだけでは終わらせない。手首を返して刀を切り上げ、首を狙いにいく。
軍団長は反対の手で阻止に動いてきた。だが、これもフェイント。
さらに手首を百八十度反対向きに返す。つまり首ではなく、差し込んできた腕を狙う。
一瞬の攻防。初めて見せたフェイントに二度の攻防を混ぜて懐に入り込んだ。
あとはオーガ族の腕力の見せ所である。
刀が腕に食い込む。予想通り硬い。
体内にある魔素が肉体を強化しているのだ。それを刀の切れ味と腕力で引き斬る。絶対に斬り落とす。何がなんでもやり遂げる。
岩を砕く一念で、俺は刀を振り切った。
――ボトリ。
二の腕の半ばから切断された腕が床に落ちる。この勝機を逃さない!
再び刀を返して首を薙ぎにいく。片腕は落とした。防ぐことはできないはずだ。
ダァン!
気がついたら、首を掴まれたまま、後ろの壁に打ち付けられていた。
刀はどこかに飛んでいった。
何が起こった? というか、手首と腕を斬り落としたはずだ。
「驚いた。正直、ここまでやるとは思わなかったよ。本当に」
軍団長の声音が変だ。
それよりも俺の首を掴んでいる手はなんだ? 生やしたのか。
「……マジかよ」
武器を失い、首は掴まれたままだ。
どうやら俺は負けたらしい。