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俺とジュガは、封印墳墓を出発した。
そこからススキ野原の中をゆっくりと進んだ。
「ちょっと身体を動かしてくる」
「はい? えっ?」
俺はといえば、まだこの身体――擬人姿に慣れていない。
返事を待たずに野原の中へ駆け出していった。チラッと振り返ったとき、ジュガが驚いた顔をしていた。
実はまだ進化した直後のような状態なのだ。
どこまで力を出せるのか、魂が分かっていない感じがしている。
擬人の試運転がてら、走ったり跳ねたりしてみる。
「運動性能は、以前の身体よりも少し劣っているか。動かした感じは違和感ないんだが、結果が伴わない感じだな」
全力疾走すると、以前と同じ速さは出ていない。わずかに遅いのだ。
だからといって不便なわけじゃない。こんなものかと思えば、納得できる。
「この辺は、肉体強度の差かね。逆風の中を走っているくらいには遅れている感じだが」
「十分凄いですよ。さすが『反逆の殲滅者』です」
戻ってきたら、そんなことを言われた。
「なんだ、その反逆の……殲滅しゃ? 初めて聞いたぞ」
「ボクが付けたんです。常夏の海岸へ行くんですから、強そうな名前が必要でしょう? だからアイツらがビビるような格好いいのを考えたんです」
ジュガがドヤァという顔をこっちに向けてくる。
「それ、格好いいのか?」
そんな痛痒い名前、ひさしぶりに聞いたぞ。
「格好いいですよ。決まっているじゃないですか」
「そんで、そんなワケの分からない名前が必要なのか?」
遊びじゃないんだが。
「境界を越えれば知名度はゼロと言っていいでしょう。でしたら実力に見合った名前があった方が便利です。変なのを付けられるより、先に付けておいた方がいいですよ」
「そうなの?」
擬人だと弱そうに見えるからだろうか。よく分からない。
というか、いままさに「変なの」をつけられてないか?
「擬人だと相手の強さが分からないし、こっちの強さも分かってもらえないじゃないですか。擬人に魂を移して平気なのは上位種族だけですけど、それでも分かりやすい名前はあった方がいいです」
「うーん、そうなのかな」
たしかに今の俺は、他人の魔素量をうまく測ることができない。
もとの身体よりも、相手の強さが分からなくなっている。
反対に、相手も俺の強さは分からない。
何しろ擬人の身体は、魔素を体外に放出していない。
だからって、痛痒い名前が必要だろうか……あまりそうは思えないのだが。
「そういえばボージュン爺さんから、道中、常夏の海岸の情報をゴーラン様に教えてあげてほしいって言われているんですけど」
「おう、知っていることだけでも教えてくれたら助かるぞ」
どうせ長旅だ。
ただ歩くんじゃなく、そうやって会話しながら移動した方が何倍もいい。
「分かりました。ですけどボクが知っているのは、住んでいたあたりだけですけどね」
「それでもいいんだよ。……そんで、どんなところだ?」
「んーっと、常秋の山林に比べると、嫌になるほど暑いです」
「だろうな、それを好む種族が住むわけだし」
「ただ、カラッとしているので、不快ではないんです。日差しが強くて、昼間はずっと太陽が出ていますよ」
そう言えば、常秋の山林はずっと薄曇りだった。
あれはあれで風情があって良いが、燦々(さんさん)と輝く太陽の光を浴びるのもまたいい。
「年中日差しが強いのか。……常夏の海岸まで歩いて十日だったよな。夏と秋の境界はどうなっているんだ?」
「境界ですか? 白い霧の壁が空高くまで伸びています。行き来を拒むわけではないので、霧の中を普通に歩いて渡れます」
「白い霧の壁か……どういう仕組みなんだろ」
冷蔵庫の冷気遮断に使うアレみたいな感じだろうか。
「仕組みの詳しいことは分かりません。ごめんなさい。ただ霧の中を百メートルくらい歩くと、季節が変わるんです。気温も一気に上がりますね」
「霧で温度などを遮断しているわけか。それは中々おもしろい体験が出来そうだな」
歩いているうちに季節が変わるとは面白い。さすがに魔界でもそんな場所はなかった。
「霧を抜けてしばらく歩くと、すぐに海が見えてきます。こっちからだと、左手側が陸ですね。右手側が海です。ボクらは、海岸沿いの道をずっと進む感じですね」
「なるほど、海岸沿いに道があるのか」
その後も色々な話を聞いた。ジュガは常夏の海岸出身なので、やはり詳しかった。
話す内容も多岐にわたり、旅を続けるうちに、異界についての情報にもかなり詳しくなれた。
「ヤマト様に反抗している連中と会わずに抜けることができると思うか?」
問題は、常夏の海岸にいる反抗勢力の存在だ。
ボージュンが懸念していたが、いま常夏の海岸は、そういった奴らが続々と集まっているという。
集まった者のほとんどが戦い好きの種族らしいので、できれば会わずに済ませたい。
「うーん、難しいかもしれませんね。ヴァーガンとノーシュは虚の洞窟にいますけど、あそこにいるのはそれだけじゃないですから」
「ふむ。反抗勢力の連中と会ったとして、無事にやり過ごせると思うか?」
「それはゴーラン様しだいですよ。頭をさげて逆らいませんと言って回れば大丈夫だと思いますけど……どうします?」
「あー」
その辺は魔界と一緒だ。
魔界の上下関係は、力の強さとほぼ比例している。
我を通したければ、力を示せばいい。単純で分かりやすい。
それがここでも通用するようだ。




