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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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○魔王トラルザード


 我はずっと戦いを眺めている。

 驚きの連続だ。


 ゴーランは、相手の魔素吸収を『魔喰い』と言った。

 形こそ違えど、あれは小覇王ヤマト様と同じ技であろう。


「やはり進化後のゴーランは、ヤマト様と似た種族であろうか」


 ヤマト様の若い頃について分かっている事は少ない。

 ヤマト様についてあれだけ多く語られているものはみな、小覇王になってからの事だ。


 小覇王になる前を知っている者が残っていないことで、ほとんど知られていない。

「何しろ、大昔の話であるからのう」


 などと思っていると、戦況が動いた。

 ネヒョルが距離を取り、魔法を繰り出したのだ。


「どうゴーラン。これはキツいでしょ」

 勝ち誇ったように告げるネヒョルだが、我が思うに、口調ほど余裕があるとは思えない。


 ヴァンパイア族は身体能力に優れている。

 また、ヴァンパイア族特有の技も豊富である。


 飛行能力や回復力強化など、有用なものも多い。

 その分、何かしらのデメリットが存在している。


 ネヒョルの場合は耐久力であろう。剛性と言えばよいか。

 身体の頑強さは、おそらくゴーランより劣る。


 多彩、多芸ともいえるヴァンパイア族だが、そのすべてに魔素を振り分けると、どれも中途半端になる。

 ネヒョルの場合、魔法攻撃にまで魔素を振り分ける余裕はそれほどないと我は思っている。


 つまり、魔法攻撃をここまで出さなかったのは、出し惜しみしたのではなく、能力としては微妙だからであろう。


 我が見たところ、それは正しいように思える。

 上位種族のヴァンパイア族だが、攻撃魔法の威力は、その下の中位程度しかない。


「はてさて、ゴーランに通用するかな」


 ゴーランは魔法を避けるのも上手い。

 オーガ族ならば、直撃すれば一発死。自ずと上手くなったのかもしれない。


 オーガ族から進化したゴーランは、魔法耐性の低さも受け継いでいるはず。

「……だが、本来の頑強さで堪えておるようだな」


 直撃を避けつつ間合いを詰めたゴーランだが、何発かは喰らっている。

 その都度、身体のどこかにダメージを受けているが、着実に距離を詰めるのに成功した。


「……やはり、魔法も吸収するか」


 ネヒョルの放つ魔法を避け、弾き、ときに吸収している。

 魔素吸収を繰り返すごとに様になってきている。戦いながら学んでいるようだ。


「……むっ?」

 距離を詰められるのが嫌なのか、ネヒョルが魔法を撃つのを止めて、後ろに跳んだ……いや、跳ぶ瞬間をゴーランに狙われた。


 いつの間に近づいたのか、ゴーランがネヒョルの腕を取って、押さえつけた。

「ここぞという時の動きは素早いのう。我も注意して見ていなかったら、見失うところであったわ」


 しかし、押さえつけて何をするつもりか?

 膂力ではゴーランが勝ると思うが、ネヒョルはヴァンパイア族。

 ここぞと言うときに、怪力を発揮することができる。


 ――ポキ


 ネヒョルの腕が折れた。

 ゴーランはすぐに手を離し、別の腕を取り、それも折った。


 そして次々と狙いを変えて、首を絞めつつ、振りほどこうとネヒョルが伸ばした手や足を決められた手順のごとく折っていく。


「相変わらず、底の知れん奴よのう」

 まるでネヒョルが逃れる方向が分かっているかのように先回りして動く。


 あれではネヒョルもたまったものではない。

 逃れたと思ったら、相手が誘導した方に逃げただけなのだ。


 すぐに捕まって絞められる。

 するとどうだろうか。

 腕で振りほどこうとすると、それを掴まれて良いように折られてしまうのだ。


「瞬時に折れた骨をくっつけるとはいえ、あれが続けば厳しいだろう……いや、瞬時に治さないと、畳みかけられるのか」

 つくづく恐ろしい技だ。


 ネヒョルとの対戦を想定して、腕を磨いてきたに違いない。

 事実、あれだけあったネヒョルの魔素が、大きく減ってきている。


「何度も首の骨を折られればそうなるわな」


 折られた腕や足は数知れず。

 一度捕まったら、それこそ逃れられない。


 ゴーランの気が済むまで転がされ、絞められ、折られ続けるのだ。

 しかもあれ以上魔素が減ったら、ネヒョルの瞬間治療も使えなくなるのでは?


「……ん? どういうことだ?」


 ネヒョルが内包する魔素が大きく減っている。

 それは何度もゴーランに骨を折られたからだ。


 魔素を使って治療する以上、それはしょうがない。

 魔法を撃ったときにも魔素を使ったため、あれだけ減じてしまったのも頷ける……のか?


「魔法を撃ったとき以上に、魔素の減りが早くないか?」


 迂闊だった。

 ゴーランとネヒョルの戦いを見ていたつもりで、見落としていた。


「ネヒョルを捕まえてからずっと、魔素を吸収していたのか!」


 だからネヒョルはこうも慌てて逃れようとしている。

 それを先回りして、何度も何度も骨を折っているのだ。


 ネヒョルとしては、骨を折られるくらいは許容範囲だ。

 何本でも折らせてやる。だからここから逃げさせろ。


 そんな感じで、魔素を使って骨折を瞬間的に治して逃げようとしているのだ。

「そういうことだったのか」


 ゴーランの目的に、今さらながら気付いた。

 時々ゴーランは両手を離している。


 ネヒョルが逃げやすいように仕向けているのだ。

 ネヒョルはそのときに骨折を治し、脱出しようとする。


 だが、不思議と逃げられない。

 上に逃げようとすれば下に転がされ、右に逃げようとすれば、そのまま右回りにやはり転がされる。


 だったら反対に掴みかかろうと思ったら、そのまま抑えつけられる。

「まるでパズルを見ているようだわ」


 その都度、ゴーランはネヒョルから魔素を吸収している。

 ついに両者が離れたときには、ゴーランの魔素は十分以上に膨れあがっていた。


「ゴーラン、やってくれたね」

 肩で息をするネヒョルに、ゴーランは笑いかけた。


「いやー、助かったよ。おかげで、これを使えるようになったぜ」

 ゴーランは、背中に回してあった深海竜の太刀を抜いた。


「そう? 魔素は十分だけど、力は戻ってないんじゃないの?」

 挑発するネヒョルにゴーランはただ『腕力超強化』とだけ答えた。


『腕力強化』はオーガ族の持つ特殊技能だ。

 とすると、『腕力超強化』はその上か。


 両者の間に緊張の糸が張り巡らされた。

 ネヒョルが最大限に警戒している。


 ピーンと張ったそれが、周囲を巻き込んだ。

 周辺にいた者たちが固唾を呑んで見守る。


 先に動いたのはゴーランだった。

 我は「なぜ?」と思わず声をあげてしまった。


 互いに注目している中では、先に動けば対処されてしまう。

 相手が対応できないくらい速く動くならばまだしも、なぜゴーランは自分から動いたのだ?


 ゴーランは右手で太刀を持ち、自分の後ろ(・・)目がけて斬りつけた。


「えっ!?」

「えっ!?」

「「「ええっ!?」」」


 ネヒョルや我だけでなく、その場で見ていた全員が呆気にとられた。


 ゴーランはどこを攻撃しているのかと、だれしもがゴーランの後方を注視した。

 だが、そこには何もない。誰もいない。


 ――ブウウウウン


 勢い増して振り抜いたゴーランの太刀は、そのまま誰もいない(・・・・・)後方を攻撃し、ゴーランがたたらを踏んだまま、太刀がさらに加速した。


「「「「ええええっ!!」」」」


 太刀はゴーランを中心として一周し、攻撃に向かったネヒョルの首に当たり、その勢いのまま首を跳ね上げた。


 ――パァン


 そんな音がしたかと思うほど、見事な一撃となった。


 ネヒョルの首は回転しながら上空へと飛んでいった。


「秘技、『裏拳斬り』」


 ゴーランは謎な技名を口にした。特殊技能の一種であろうか。

 首を失ったネヒョルの身体は、ゆっくりと背中から大地に倒れた。


「なんと……ゴーランが勝った?」


 我が立ち会いを名乗り出たとき、ゴーランの勝機はかなり薄いと考えていた。

 なにしろ相手はワイルドハントの首領である。


 ネヒョルは数々の小魔王を短期間に倒した猛者だ。

 ゴーランでは無理だろうと思っていた。


 しかも戦いを見ていて気がついたが、ゴーランは明らかに本調子ではなかった。


「それで勝ってしまうとは……」

 本当に信じられない。


 ゴーランは太刀を杖にして身体を支える。

 やはり体調はよくないようだ。


「これで決着だ」

 止めとばかりに、ネヒョルの心臓に太刀を立てた。


 それでようやくゴーランは笑った。




 ……が、空から落ちてきたネヒョルの首が、ゴーランの首筋に噛みついた。


「うおっ!?」


 声をあげてゴーランはネヒョルの首を引きはがし、地面に叩きつける。

 それだけでは飽き足らず、踏みつけて完全に潰してしまった。


「……うっ」


「ゴーラン、どうしたのだ?」


 直後、膝をついたゴーランは、片手で身体を支えようとして失敗し、大地にどうと倒れた。


「ゴーラン!?」

 我は駆けよった。

 我だけでない。他の者も集まった。


 上体を起こすと、ゴーランの首筋がドス黒く染まってるのが見えた。

「これは『毒素注入』か」


 ヴァンパイア族は、体内の魔素を変質させて毒を作り出すことができる。

 ただしそれは自らの身体をも蝕む。ゆえに使わない者が多い。


 それだけ恐ろしい特殊技能だが、ネヒョルはゴーランと戦いつつ、ずっと毒素を生成していたのだろう。


 自分が死んでも相打ちにもっていくために。


「ゴーラン、しっかりするのだ!」

 我は呼びかけた……が、応えは無い。


 しばらく呼び続けたが、ついぞゴーランから返事は返ってこなかった。


「……し、死んで――」


 それ以上、言葉にならなかった。



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