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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第1章 見晴らしの丘攻防戦編
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 折れた腕を振るだけで骨をくっつけやがった。


「まったく非常識だな」


 ヴァンパイア族特有の身体回復機能だろう。

 忘れていたわけではないが、間近で見ると驚いてしまう。

 名前は知らないが、そういう力が使えることは有名だ。


「腕を折られたのって、久しぶりだよ。ゴーランは不思議なことをするね」

「そいつはどうも」

 折っても回復されるのでは、意味が無い。


 もちろん、延々と折り続ければいつか回復も打ち止めになるだろう。

 その前に俺の魔素が切れるだろうが。


 ネヒョル軍団長の身体的特性は、俺の頑強さと同じようなものだ。

 すべて魔素頼み。だから体内の魔素が枯渇すればそれもできなくなる。


 俺の五倍もある魔素を枯渇させる方法はないと思うが。


「次はなにをやってくれるのかな」


 わくわくした目で見られても、タネや仕掛けのある手品じゃない。

 ガチの技なので、そう次々と決められるものではない。


「さあてな。もう打ち止めかもしれないぜ」

 関節を決めて骨を折るのは意味が無いことが分かった。


 では次はどうしようか。

 絞め技が一番いいのだが、目の前の相手に効くのか甚だ怪しい。


「まだなにか隠しているでしょ?」

「ほう? どうしてそう思うんだ?」


 たしかに俺の内側から「ここから出せ」とおれが騒いでいる。

 気取られてないと思ったのだが、違うのか?


「だって大牙族の死に様はこんなものじゃなかった。ヌルい攻撃でアレがあんな風にはならないよね」


 力はまだまだある。暴力的と言える力が俺の中に眠っている。だがそれこそ諸刃の剣。

 おれと入れ替わったら、力対力の対決になってしまう。その場合、やっぱり勝ち目はない。


 せめて武器が使えたらな。そう思う。壁に立てかけた布の包みに目をやる。

 軍団長の顔は不機嫌そうだ。もしかして俺がまだ手加減していると思われている?


 だったら、手はあるかも知れない。


「そこの武器を使わせてもらえるかな。念のために持ってきたんだが」

 普通のやつならば、はいそうですかと言うわけがない。


 馬鹿にしてと、武器をひったくるくらいはする。


「へえ。それもまたおもしろそうだね。いいよ」

 これも強者の余裕ってやつか。


 これ以上俺が強くなっても別に構わないと思ったのだろう。

 たしかにその考えは正しいが、だが果たしてそううまくいくかな。


「では、お言葉に甘えて……」


 俺は武器を手にして、ゆっくりと布を取る。

 変身ヒーローのお約束を守るかのごとく、軍団長はそのあいだ、じっとして攻撃を加えてくることはなかった。


 俺は慌てることなく布を全て取り払った。続いて巻いている糸を外す。


 出てきたのは一振りの刀。俺が無茶を言って、特注で作らせた刀だ。

 随分前に注文して、祭りの前日に受け取ったもの。


 軍団長との交渉の場に持っていくには不釣り合いとは思ったが、万一の時を考えて持参しておいた。


 俺は柄を握りしめ、鞘からゆっくりと抜き放つ。

「美しい」

 うっとりと刀身を眺めた。


「随分と細い剣だね。それがゴーランの秘密?」


 ちょっとがっかりだよと軍団長は不満顔だ。

 俺はそんな戯れ言に耳を貸さず、刀身を余すところなく眺め回す。


「ふむ。出来は……注文通りだな。いい仕事をする」

 刃紋が美しい日本刀。


 これの潜在能力ポテンシャルを軍団長は知らないだろう。俺がこれを握ったらどうなるかも。


 俺が小さい頃、毎日道場でいろんな武術を仕込まれた。

 道場主は禿頭で目つきの怖い人だった。


 痩せているのに、柔道なんかもやたら強かった。

 厳しい指導に付いてこられず、道場生の入れ替わりが激しかったのを覚えている。


「いいか、剣道はな足捌きが重要なんだ。上半身だけの力に頼るんじゃねえ」


 稽古前は必ず道場の端から端まで何往復も送り足の練習をさせられた。

 この送り足。小さい頃はなぜこんなにやらなきゃならないのか分からなかった。


 意味を理解しない稽古では、身が入らない。

 ただ漠然と言われたことだけをこなしていた。


「膝から下だけ動かすんじゃねえ。足全体を使ってみろ!」


 いつも横一線にならんですり足の競争をした。それだけは楽しかった。

 ただ、みな同じ動作なのに、なぜ早い奴と遅い奴ができるのか不思議だった。


 きっかけは些細なことだった。

 背筋を伸ばさないと怒られるので、身体をやや反りぎみにし、いつも通り送り足をしていたら、後ろ足を竹刀で叩かれた。


 反射的に足を引っ込めたとき、何かスッと腑に落ちた。

 見ると、道場主が微笑んでいた。


 送り足で引きを素早くすると、まるで瞬間移動するかのように動くことができた。


 あのとき、一段高みにのぼった感触はいまだに忘れられない。


「さあて、やろうじゃないか」

 達人が芸術の域まで高めた足さばき。そのことわりが理解できるかな?


 俺は正眼に構えた。



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