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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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 ここまでお膳立てされれば、ネヒョルも断れない。


 しかも状況は、ネヒョルにとって不利に働いていた。

 レグラスはトラルザードの足の下。

 他の兵たちも増援のトラルザード兵に次々と狩られている。


 トラルザードはかなりの兵をここに投入したようで、ネヒョルが部下を率いて形勢をひっくり返すことは、もう不可能だろう。


 つまりネヒョルの取れる手段は二つ。

 このまま逃げるか、俺を倒してから逃げるかだ。


 俺と戦っている間はトラルザードも手を出してこない。

 戦わずに逃げたら、ネヒョルは笑い者。


 元部下からの下克上に、尻尾を巻いて逃げたと評判が立ってしまう。


「さあ、どうする?」

 俺の言葉に、ネヒョルは憎悪の瞳を向けた。


「そりゃ、受けるに決まっているでしょ。ゴーランが言い出した事にビックリだよ」


 俺の力が出ないことを半ば確信している顔だ。

 まあ、そうだろう。今までと戦い方が違うし、気付かれたのはしょうがない。


「んじゃ、やるか」

 俺は前に出つつ、頭を巡らせた。


(六角棍は使えないな。そもそも魔素が乗せられないから、使えてもただの棍でしかない)

 アドバンテージがひとつ無くなった。


 深海竜の太刀は振れるが、力を乗せることができない手前、ネヒョルにどのくらい効果があるのか分からない。


 そもそもこれでネヒョルを斬った事があるので、取り出したら警戒される。

(うーん、倒す方法が思いつかないな)


 どういうことだろう。タイマン下克上を仕掛けたのに、有効な作戦が思いつかない。

 逃亡を阻止したかっただけなんだが、この方法は間違いだったか?


 トラルザードに任せれば良かったかも知れない。


(まあ、挑んでしまったものは仕方ない)


 力がでない状況でも、最善を尽くすことはできる。

 何しろ、疲労困憊のときの戦い方や、片腕を切り落とされた状態での戦い方だって学んできた。


 血抜き麻雀でフラフラになったあとでの戦い方とかも教えてもらった。

 そんな状態で戦うことは絶対にあり得ないと思ったものだ。


(でも、今の状態はそれに近くないか?)

 この戦い、俺は武器を使わない。使えないのが正解だが。


「その構え……見たことあるよ」


 天と地を支えるように両手を伸ばし、腰をやや落とした。

 これが一番対処しやすいのだが、以前ネヒョルに見せているか。まあいい。


「さあ、来い!」

「じゃあ、いくよ!」


 打てば響くようにネヒョルが答え、すぐにやってきた。爪での攻撃だ。


 俺は伸ばされた爪をいなす。

 円を描くように腕を回し、次々と繰り出される攻撃に対処する。


(この技、眉唾ものかと思っていたが……効果あるんだな)


 道場主が『映画をヒントに編み出した』とかふざけた事を言いながら俺に教え込んだ技だ。


 道場主は『円月受け』と名付けていたが、その話を道場に通っている腐女のみなさんが聞いて、ウケていた。


 俺はと言うと、「絶対にこれ、使えない技だろう」と愚痴りながら習得に勤しんだが、道場主は正しかったようだ。

 これ、結構使える。


 矢継ぎ早の攻撃も、すべていなすことができた。

 ネヒョルは不思議そうな表情を浮かべている。


 なぜ攻撃が届かないのか、理解できないのだろう。

 俺だって理屈を知ってすら、現実的ではないと思っているのだ。


 タイミングさえ合えば、円の動きは、すべての攻撃を弾くことができる……らしい。(道場主談)


 ちなみに道場主は『円月受け返し』というのをすぐに編み出したため、この技に興味を失った。なんだったんだ。


「ねえ、ゴーラン。どうしてこう……いつもいつも、不思議技ばかり使ってくるのかな?」


「弱者は強者に勝つために、常に知恵を絞るものなんだよ」


「ボクの爪が届かないのは、知恵を絞ったから?」

「そういうことになるな」


「ふーん。だったら、これはどうかな」

 ネヒョルが消えた。


 高速で動いたのか、本当に消えたのか俺には分からない。

「うおっ!?」


 首筋が痛んだ。

 殺気を感じて無意識に避けたらしい。


 気がついたら、ネヒョルの爪が俺の首を薙いでいた。

 避けなければ、首の半分を持って行かれただろう。


「あれれ? これも避けるんだ」

「……ま、まあな」


 避けられたのはただの僥倖。もう一度はできない。

 気がついたら、首に爪を立てられた後だったのだ。


(やべえ……勘と無意識で避けなきゃ、一瞬で勝負が決まるところだった)


 首から流れる血は、この際無視だ。そのうち止まる。


 問題は、いまの俺とネヒョルの力の差だ。

 俺にはネヒョルを倒しきる力がない。


 一方のネヒョルは、攻撃さえ届けば、俺に致命傷を与えられる。


 一見互角のようなこの戦いは、ただ薄氷の上で、俺がそう見せかけているに過ぎない。

 俺の方がマジで余裕が無い。


(どうするかな。奥の手はあるにはあるが……)


 それは確実じゃない……どころかまだ完成してもいない。

 力が出ない状態で、これ以上戦うのも厳しい。


(覚悟を決めるか)


 奥の手を使うことにした。

 俺は構えを解いて、両手を横に広げる。抱擁を待っているような格好だ。


「……んん? ゴーラン、どうしちゃったの?」

 変な格好をし始めたので、ネヒョルが警戒した。


 俺とタイマン中だから他の加勢は入らないが、そんな余裕な顔をしていていいのか?

 さっきからワイルドハントの連中が次々と狩られているんだが。


 もはやネヒョルの中では、ここにいる兵たちはいないも同然なのか。

 すでに俺を倒して、どう逃げるかだけが頭を占めているのかもしれない。


「ご託はいいから、来な!」

「ふうん……自信があるんだね。……じゃあ、乗ってみようかな」


 俺に力がないのは、もう確信している顔だ。

 かなり顔に余裕がある。


 ネヒョルの攻撃は、虚をついたり、フェイントをかましたりなどの搦め手を使ってくることはない。

 あくまで自分の素の能力……それもかなり高い身体能力を使って攻撃してくる。だから……


 ネヒョルは最速で俺に向かってきた。

 だが、その動きは直線的。最短距離を進むので進路はバレバレだ。


「これまでの戦いで、タイミングは覚えているんだよ!」

 俺は両手でネヒョルが伸ばした腕を挟み込んだ。


 ――バシィ


「ッ!?」

 蚊を叩く要領でネヒョルの腕を挟む。


 ネヒョルが驚いて飛び退いた。


 そして呆然とした顔で、ゆっくりと腕を見ている。

 腕からは黒い煙が上がっている。


 ネヒョル本人だけは理解したはずだ。


 ――俺がネヒョルの魔素を奪った事を


「それが『魔素食まそぐい』だ」


 俺はドヤ顔で言った。



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