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レグラスが進み出た。やる気だ。
「片手で俺の相手をできるのか? 引っ込んでた方がいいぜ」
「心配無用。いくぞ」
言うなり、サイファを乗り越えてきた。
他の奴には目もくれずに、俺だけに集中している。
もう少し舌戦をしたかったが、向こうは端からやる気だ。
相手をするしかない。
(というか、俺の方が悪役みたいだ)
どうやら俺は、ネヒョルの作戦を潰せてよほど嬉しいらしい。
いつになく饒舌になっている。
「お前程度はこれで十分だ」
俺は六角棍を背中に戻し、手の平を上に向けて挑発した。
本当に十分と思ったわけではない。
力が抜けて、うまく振り回せそうにないのだ。
その分は技でカバーさせてもらう。
さてそのレグラスだが、右腕がないことで、バランスが取りづらいようだ。
肘の関節から先がないことから、ベッカの仕業だろう。
関節は技が決まったら抜け出せない。
サイファとベッカには、このことをしっかりと教えた。
レグラスは当然知らないから、関節を決められたまま暴れたか、その状態でサイファと戦ったのだろう。
肘が決まった状態でそんなことをすればポキリといく。
サイファもベッカも刃物を振り回すタイプではないので、使えなくなった腕を自分で斬り落とした感じか。
なんにせよ、豪快だ。
「よっと!」
残った腕が一本なら、攻撃を予想しやすい。
鎌を避けつつ手首を掴んで関節を折る……つもりでいたら逃げられた。
(強く握れないのはツラいな)
ふりほどかれた。
それと、レグラスは俺の関節取りを警戒していた。
それでやられたから、同じ轍は踏まないということだろう。
こういうことができる奴は強かだ。
「すぐに逃げるとは、口だけは達者だな」
距離を取ったレグラスを挑発しつつ、すぐに間を詰めた。
考える時間を与えると対応される。
俺が使うのは合気。
といっても、気功で吹っ飛ばすようなものじゃない。
相手の力を利用して、重心をずらしつつ攻撃する技だ。
レグラス程度の相手に効果あるのか疑問だが、重い六角棍を振り回すよりも、よほどいい。
最初のうちは面白いように決まった。
幾度かの攻防でそれなりの痛打を浴びせたが、思ったほど効いていない。
やはり頑丈だ。
それとレグラスは、こっちの攻撃にしっかり対応してきている。
(吸収力が半端ないな。武道の素質があるんじゃないか?)
日本に連れ帰って、道場に通わせてみたい。
師範代くらいすぐになれそうだ。
「……いや、無理か」
虫だし。
「何が無理なのだ!」
俺の独り言に激昂した。
別に馬鹿にしたわけじゃないんだが、そう映ったようだ。
少し難儀な性格をしているかもしれない。師範代は無理か。
「ねえ、ゴーラン。ひょっとして、力が入らないとか?」
後ろからネヒョルにそんなことを言われた。
手負いの相手に力押しをやめたことで、不審に思ったのかもしれない。
今の発言からするとバレたな、これは。
「そう見えるのか?」
一応聞いてみる。
「そうだね、最初は力の出し惜しみかと思ったけど、本気みたいだし」
「そう思ったんだったら、かかってくればいい。同時に相手してやるぞ」
「うーん、どうかな」
いまの歯切れの悪い口調は、警戒している印だろう。
いつも俺に裏をかかされた経験から、罠の可能性を考えているわけだ。
必殺の力を溜めていて、ネヒョルが参戦してくるのを待っているとでも思ったか。
「俺はいつでもいいんだぜ」
そういいつつ、レグラスを放り投げた。
重心を崩す技は、もうかなり対応されてしまった。
これ以上はヤバいと判断したので、投げに切り替えたのだ。
柔道や柔術に、投げのバリエーションがいっぱいある。
それが切れたら、プロレスの技でも何でも使ってやろう。
ただし、このままでは倒しきることはできない。
時間稼ぎをしているようなものだ。
そうなればさすがにネヒョルも確信に変わるだろう。
二対一になったら、勝機がなくなる。さてどうするか。
俺が何度か投げると、レグラスは器用に空中で回転を決め、地面に着地した。
これにも慣れたか。凄まじい対応力だな。
次は何にしようかと、頭の中の引き出しを漁っていると、レグラスが「べちゃっ」と潰れた。
「ん?」
レグラスの背中に足を乗せているのは、魔王トラルザード。
「ゴーラン、おぬしこんなところで何をしておるのだ?」
戦闘音を聞きつけて、やってきたようだ。
「害虫駆除ですかね」
「害虫……これか?」
ぎゅうううっと足に力を入れるトラルザード。
一部の性癖を持った人にはご褒美だが、レグラスは違ったようだ。
ばーさんに背中を踏まれて喜ぶ層がどのくらいいるか疑問だが。
レグラスは必死に逃れようとするが、脱出できる気配がない。
動く姿がバタバタと見苦しい。
捕まえられた虫が暴れているようにしか見えない。
「重いって言っているみたいですよ」
俺が言うと、トラルザードは嫌そうな顔を向けた。体重を気にしたのか?
「……ふん、このように中途半端な魔素では、己が意志を通すことなど不可能であるわ」
レグラスでも「中途半端」な魔素量なのか。結構多いと思うのだが。
トラルザードの言う中途半端とは、自分の好敵手として立ちはだかる相手としてだろう。
魔素を増やして出直してこいということだ。手厳しい。
それにしても助かった。一応トラルザード側からの助けが来るかもとは考えていたが、確証はなかった。
それと援軍がきた場合、ネヒョルは確実に逃げる。それが嫌で考えないようにしていたのもある。
「蹂躙するのだ」
トラルザードが配下に命じると、部下たちが一斉に動き出した。
この場に連れてきたのだ。さぞかし精鋭だろう。
これでワイルドハントの面々は全滅確実。
「……で首領はどこだ? まさかこやつではあるまい」
さらに強く踏みつける。需要はなくても、目覚めそうですよ。
「あそこにいるのがそうですよ。外見は小僧ですが、れっきとした小魔王です」
「……ふむ」
トラルザードの目がネヒョルに注がれる。
俺には分かる。
ネヒョルの頭が、せわしなく回転しているのだ。
逃げるか戦うか。逃げるとしたらどこへどうやって? 戦うとしたら、だれと?
究極の選択にみえるが、ネヒョルは逃亡すると俺はみている。
部下を全員失うことになっても、自分が無事ならば再戦は可能。
そう考えるタイプだ。
というわけで、その選択肢を排除しよう。
「ネヒョル。どうやら邪魔が入ったな」
「……そうだね。それでどうするつもりかな?」
俺と会話しつつも、ネヒョルの目はトラルザードの方を向いている。
この中で自分を傷つける可能性があるのは、トラルザード以外にいないと考えているのだ。
……というわけで。
「俺はお前に一騎打ちを申し込む。随分と間があいてしまったが、あの時の下克上だ」
かつて俺たちは軍団長と部隊長の関係だった。
あの時を思い出して、戦おうじゃないか。
「俺は下克上を申し込んだぞ。さあどうする?」
俺の言葉にトラルザードが微笑んだ。
「なるほど! その戦い、我が見届けよう」
よし、外堀が埋まった。
これで逃げたらもう、ネヒョルは魔界で立場がない。
「返事は?」




