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あらためて見ると、周囲は凄いことになっていた。
バタバタと倒れて、そのまま息絶えた者が周辺に散らばっている。
俺のせいじゃない。
その少し外側には、いまなお苦しんでいる者たちが、絶望の表情でのたうち回っている。
これをもたらした元凶はというと……全滅していた。
黒い箱を持ったまま、全員息絶えていた。
聖気の塩を至近距離で浴びたのだろう。
倒れ伏して、ピクリとも動かない。
聖気の塩は魔界の住人にとって猛毒。
ずいぶんと鬼畜な手段を考えついたものだ。
「これをトラルザードにやるつもりだったわけか」
魔王相手にどう戦うのかと思ったが、奥の手があったわけだ。
いかな魔王とてこれを喰らえば、かなりのダメージを受けたはずだ。
最悪、何もできずにネヒョルに狩られたかもしれない。
「全身に浴びてもなんともないって……心底不思議なんだけど、どういうこと?」
「日頃の行いがいいからじゃないか?」
魔界の住人の中にあって、俺くらいモラリストはいない。
うん、嘘は言っていない。
まあ、こんな軽口を叩けるのも今のうちだ。
身体に力が入らないのは本当。
これは少々ヤバい事態だ。
ゆっくりと身体を動かすとよく分かる。
力が入らないばかりか、関節まで軋む。
風邪の症状そのままだ。本当に風邪じゃないだろうな。
一方のネヒョルは、聖気の塩の影響をまったく受けていない。
そのかわり、俺から距離を大きくとった状態のまま、近寄ってこようとしない。
俺……というか、聖気の塩を警戒しているのが、ありありと分かる。
激昂していた状態から醒めて、いろいろ考えたようだ。
いつもの俺なら、大口を叩きつつ「このまま逃げてくれねえかなあ」と考えたりするが、ここでネヒョルを逃がすと、もう会えない気がする。
こっちの状態はよくないが、どうしても今日、ここで決着をつけたい。
逆にネヒョルは、打つ手がなくなったことで、逃走にはいることを視野に入れたと思う。
聖気の塩があれば、他の魔王を襲ってもいいのだ。
おそらく、今回ここに来たのは、一番与しやすしと考えたからだろう。
よほどのことがないかぎり、アクティブに動かないと判断したのかもしれない。
得てして魔王にまで上り詰めると腰が重くなると思うが、年齢からいって、トラルザードは狙いやすいはずだ。
だがそうだとすると、困ったことになる。
いまネヒョルに逃げられたら、もう追いつけない。
そしてどこかの国の魔王が狙われる。
「さあ、続きといこうぜ!」
「…………」
俺が挑発しても、ネヒョルは乗ってこない。嫌な傾向だ。
大股で近寄ると、逆にネヒョルは距離を取った。
「どうした? こっちに来いよ」
「そんな聖気の塩まみれのゴーランに近寄りたくないじゃないか!」
なるほど、それはそうか。
聖気の塩はまだ俺の身体についている。
ネヒョルを逃がしたくないから、腕で塩を払った。
「さあ、これでいいだろ」
俺がそう言っても、警戒したままだ。
攻めてくる気配がない。
(ヤバいな。これは逃げられるパターンか?)
戦った場合、力の入らない俺の方が不利なのだが、ネヒョルがそれを知っているとは思えない。
いまのネヒョルをみていると、逃走準備しているようにしか見えない。
さてどうしよう。俺が歩を進めると、ネヒョルは下がる。
「ちゃんと戦おうぜ」
「…………」
困った。もう、答えやしない。
「チィ!」
俺は六角棍を構えて重心を下げた。
ここからは一気に行く……と思ったら、俺とネヒョルの間に何かが転がりこんだ。
「なんだ? ……って、サイファか?」
ゴロゴロとやってきて、俺たちの真ん中で止まったのはサイファだった。
大の字に寝てしまった。気絶したのだろう。
全身に切り傷を負っていることから、レグラスと戦っていたらしい。
「ネヒョル様」
やってきたのは、緑色した虫みたいな奴。レグラスだ。
やはりサイファはレグラスと戦っていた。
レグラスを見たら、片腕がない……みたところ、怪我はそれだけだ。
サイファの方が酷い状態だ。
サイファとベッカが向かっていっても、レグラスには太刀打ちできなかったようだ。
あの二人も進化してかなり強くなったが、上には上がいたようだ。
「これで二対一になったか」
俺の方から言い出してみると、ネヒョルの表情が変わった。
少しはやる気になったか?
そういえば、ヒャッハーたちはどうなった?
すっかり忘れていた。
周囲を見てみると、オーガ族が好きなように暴れている。
種族的能力値の差で、通常なら大負けするところだ。
だが、死神族がよくフォローしてくれている。
オーガ族と死神族。意外と、いいコンビなのかもしれない。
オーガ族は耐久力だけはあるから、壁役にピッタリ。
一方、死神族は上位種族の中でも耐久力はかなり低い方。
死神族は何かに隠れて、魔法を撃つような戦いに向いている。
オーガ族がヘイトを溜めている間に、上手く立ち回っている感じだ。
ワイルドハントの連中は強いが、互角かこちらが押している状態だ。
ここでネヒョルを下せば、戦況は決する。
「俺は二対一でも構わねえぜ。掛かってきな」
敢えて挑発すると、レグラスが乗ってきた。
「ネヒョル様、こやつは私が相手をします」
「ほう……大した自信だな」
なんか俺が偉そうに言っているが、力が入っていないのでただの虚勢だ。
相手は片腕がないし、戦ったら互角か?
ただ、戦い始めれば、力の減衰がすぐにネヒョルにバレる。
(うーん、どうしようか)




