表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
286/359

286

 腹に大穴を開けたネヒョルは、俺を飛び越えて、回転しながら後方に倒れ込む。


 これ以上無いくらい綺麗に決まった感触があった。

 追い打ちをかけようと振り向いたら、すでに半身を起こしていた。


「おいおい……早すぎるだろ」


 大穴は塞がりかけている。


 ネヒョルは俺を警戒しつつ、傷を治している。

 起き上がったときにはもう大穴は塞がっていた。


 大した回復力だ。だが、理解した。

 俺でも分かるほど、ネヒョルの保有する魔素量が減っている。


(魔素は無尽蔵じゃないし、回復にも限界があるわけか)


 人界に蔓延るヴァンパイア伝説だと、心臓に杭を刺さない限り灰からでも蘇るとあるが、さすがにそこまで非常識な存在でもないだろう。


 陽に当たると火傷するとか、流れる川を渡れないとか、にんにくが嫌いだとか、十字架をみると弱体化するなど、眉唾物も多い。


 多くは、魔物を恐れる民をキリスト教に帰依させるための方便だと聞いたことがあるが、心臓に杭を刺せばどんな生き物でも死ぬだろう。


 魔界の住人だと、その近くに支配のオーブがある。だいたい心臓の後ろあたりだ。

 回復力に優れた種族の場合、より支配のオーブを守ろうとするから、直接そこを狙うのは難しい。


(まあ、これを繰り返せば、なんとかなるか?)


 完全に復活したネヒョルが、俺の持つ六角棍を指差した。

 かなり気になるらしい。


「やってくれたね、ゴーラン。……その武器、どこで手に入れたの?」

「さあて、忘れちまったぜ」


 まともに答えてやる義理はない。

 うそぶく俺に、ネヒョルは険しい顔をする。


 あの威力、何かおかしいと感じたのだろう。


 ちなみに俺がキョウカと戦ったとき、武器を預けていたので無手だ。

 あの場にいたネヒョルは、六角棍の効果について知らない。


「それはもしかして、魔素を通すのかな」


 少し考えて、正解に行き着いたようだ。

 先ほどの一撃で、あの効果を得るには二つのことが必要だ。


 ひとつは、魔素を通すことができる武器であること。

 もうひとつは、魔素を通すことができる種族であること。


 どんなにいい武器でも、魔素を身体強化くらいしか使えないオーガ族には無用の長物。

 だからこそおかしいと感じ、その結果を予想したのだろう。


「進化したらできるようになったんだよ」

 バレたら隠す意味は無い。


「そうみたいだね……もう油断しないよ」


 再び、戦闘が始まった。

 ネヒョルが攻めて、俺が防ぐ。


 隙をみてときどきカウンターを喰らわす。

 ネヒョルは避けることもあるが、受けることもある。

 それの繰り返しだ。


 これまであまりギリギリの戦いをしてこなかったのか、それとも回復力に信頼を置きすぎていたのか、ネヒョルの防御が甘い。


 終始俺が押されているようにみえるが、実際はそうではない。

 結構高度な攻防をしているのだ。


「ボクの速度についてこれるなんてね」

 驚き半分、諦め半分の口調だ。


 いや、ついていけているわけではない。

 ネヒョルの場合、見えなくても予想できる動きだからなんとかなっている。

 鍛錬の賜物だ。


 これが人型じゃない……たとえば獣型だったりしたらヤバかった。


「どうした? 降参か?」

 それでも互角にやり合えているのはちょっと嬉しい。


 このまま押し切れそうだが、ネヒョルのことだ、そろそろ次の手を打ってくるはず。

 俺がそれを警戒していると……ネヒョルが下がった。


「こんな所で時間をかけられないからね」

 これはまた随分と距離を取ったものだ。飛び道具か?


 時間をかけていられないのは本当だろう。

 こんな近くで戦闘をしていれば、トラルザードだって気がつく。

 そろそろ何らかのアクションがあってもおかしくない。


「……で、そんなに離れてどうするつもりだ?」

 ただの奥の手か、それとも究極の奥の手なのか。


 俺が知る限り、ネヒョルは奇襲からの一撃必殺を得意としていた。

 奇襲された側に立ったとき、どんな手を持っているのか。


「ここで使いたくなかったんだけど、もう仕方ないよね」

 ネヒョルが手で黒い鎧の連中を招き寄せた。


 先ほどからずっと固まっていた連中だ。


「なんだ、イモ引いて選手交代か?」

 俺が嘲笑すると、ネヒョルは首を横に振った。


「せっかくトラルザード用に準備したんだけどね。ゴーランに使ってあげる」

 顔は笑っているけど、かなり怒っているようだ。


 俺に対してなのか、大切に準備したのをここで出すことになったからか。


「へえ……そいつはたのしみだな」

 あの黒鎧を俺にけしかけるわけではないらしい。


 変わったところだと、背中に同色の箱を背負っているくらいか。さてどういうことなんだろう。

 奴らは、背負った黒い箱をこっちに向けた。


「?」

 ネヒョルがさらに距離を取ったなと考えていると……。


 突如、白い霧が噴き出して、俺に降りかかった。


「どう、ゴーラン。聖気の塩(・・・・)を浴びた気分は」


 黒い箱は噴霧器になっていたようだ。飛んできたのは粉だから、噴煙器か。

 俺は白い粉を頭から被ってしまった。


(身体の力が……入らない?)


 力がすぅーっと抜けていくのを感じた。

 風邪で熱が出て、力が入らないときに似ている。


「ぎゃああああ~~」

「うわぁあああ~~」

「ひぃいいいい~~」


 近くにいたワイルドハントの面々がのたうち回っている。

 なぜお前らが……と思っていたら、それだけでは飽き足らず、痙攣しはじめた。


「あっ、死んだ」

 早い。粉の余波を浴びた連中が、速効で息絶えた。

 粉ではなくて、塩とか言っていたか。


 それを少し浴びただけで死んだって、どういうことだ。

 もしかしてこれ、かなり危険なものか?


 俺は身体についた塩を慌てて払った。

 それが風に乗って、ワイルドハントの連中にかかる。


「うがあああああ……」

 揃って痙攣している。


「えーっと……なにコレ?」

 学芸会やお遊戯会で、タイやヒラメの舞い踊りをしているような感じか。


 かなり大袈裟に暴れている。

 倒れて苦しそうにしている様は、前衛芸術の演劇で見たことがあった。

 たしか、『地獄の苦しみ』というタイトルだったか。


 弱い奴は、そのまま息絶えているようだ。


「ゴ、ゴーラン……どういうこと?」

「俺が聞きたいわ」


 俺の周りで起こっているこの阿鼻叫喚の地獄絵図はなに?


「聖気の塩は魔界の住人にとって猛毒なんだよ。どうしてゴーランだけ平気なわけ?」

「あー、これが噂の聖気の塩なのか」


(ぺろり)

 指につけて、舐めてみた。


「しょっぱくない。これを塩と言うには無理があるぞ」

「そういうことじゃない!」とネヒョルに怒られた。


 俺に聖気の塩が効かないのが不思議らしい。

 知らんがな。


 でもまったく効かないわけじゃない。

 全身から力が抜けている。



 情報を整理してみよう。

 聖気の塩は本物だ。俺以外に絶大な効果があった。


 俺だけ効かない理由は不明だけど、少しだけ予想がついた。

 もしかしてこれ、魂に影響を及ぼしているんじゃなかろうか。


 魂を直接苛む効果があるとしよう。

 あのオーバーアクションも理解できる。


 どんなに打たれ強い奴でも、魂を直接攻撃されたら我慢できるものではない。

 ではなぜ、俺が平気なのか。


(……もしかして、人間の魂だから?)


 身体の力が抜けるのは、純粋にこの身体が聖気の塩に反応しているからで、それは魂とは関係ないところで効果を及ぼしているからとか。


 なんか、そんな感じがしてきた。

 当たらずとも、それに近い感じではなかろうか。


 だとすると、ここで虚勢を張っておこう。

 俺は首を斜め45度に傾けて、顎をしゃくり、やや上目遣いに言ってやった。


「……で?」


 この攻撃に何か意味があるわけ? そんな顔をしてみた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ