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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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「ゴーラン。いろいろやってくれたね」

「そう怒るなよ。俺とお前の仲じゃないか」


 俺はヘラヘラと笑った。

 ネヒョルは奥歯を噛んで睨んできた。


 馬鹿にされたと思ったのだろう。

 もちろんわざとだ。


 挑発しているんだが、これはこれで気分がいい。


 ネヒョルのやっかいな所は、不利になると逃げるとこだ。

 いままで他の小魔王や魔王がネヒョルを捕らえられなかったのは、逃げ足の速さも関係している。


 俺に憎しみを向けている間は、逃走したくてもできない。

 せいぜい、睨んでくれ。


「くっくくく……」

 ……っと、変な笑い声が出た。


「何がおかしいのかな?」

 警戒したのか、ネヒョルから距離を詰めてくることはなかった。

 少し冷静になったか? もうちょっと煽った方がよさそうだ。


「なあ、今どんな気持ちだ? 襲うつもりの相手には届かず、横合いから俺みたいなのに邪魔されて楽しいか? 楽しいよな。いまの正直な気持ちを聞かせてくれよ」


 歯をむいて笑う俺に、ネヒョルの表情が消えた。

 能面のような顔になり、目だけが細められた。


「気分? ……そんなの八つ裂きにしたい感じだけど?」

「くっくっく……くははは」

 これはウケる。


「もう一度聞くけど、何がおかしいのかな? ゴーラン」

「この前、たて裂きにされたのはそっちだろ。もう治ったのか?」


「くっ……とっくに治ったよ」

 すごく嫌そうだ。


 そりゃそうだ。コケにされて逃げ帰った過去をほじくり返されれば、はらわたが煮えくりかえるよな。


 だが、これで逃走の確率がかなり減った。


「だったら次は横に真っ二つってのはどうだ? それとも十字に切ってやろうか?」

「へえ……できると思っているのかな?」


「ああ……そりゃもちろん思ってるさ。だっておまえ、弱くなっただろ?」

「ッ!?」


 ネヒョルと戦って分かったことがいくつかある。


 魔素量は多いが、膨大という感じではない。

 さっきのレグラスより少し多いかという程度だ。


 上位種族の中でもさらに上へと到達するような者たちは、魔素量で強さが測れないから、それは構わない。


 俺が感じたのは、ネヒョルが弱体化しているんじゃないかということ。

 前は、隠していても圧倒感があった。


 存在の強さというか、「こりゃ敵わねえな」と思わせる底力が見え隠れしていた。

 だが今はどうだ。


 身体からにじみ出る圧倒感が消えかけている。

 理由は分からないが、見るたびに弱っている感がある。


 そしてネヒョルと俺の相性。

 実は俺の方が有利だったりする。


 ネヒョルは明らかに防御特化。

 もう少し詳しくいえば、回復特化のタイプだ。


 これは他のヴァンパイア族から聞き取りしたのだから間違いない。

 圧倒的な回復力は、魔王トラルザードにも匹敵する。


 失った腕を『瞬時に』再生なんて、他のヴァンパイア族でもできないらしい。

 ネヒョルは魔素で失われた部位を回復させる『肉体再生』の特殊技能を持っている。


 最初俺は勘違いして、あれがヴァンパイア族の普通だと思ってしまったが、あんなことができるヴァンパイア族は極めて少ない。

 それだけ不死性はやっかいなのだ。


 そして素早さに特化している分、攻撃力は劣る。

 その方が俺にとってはありがたい。


 なぜならば……。


「ん? 深海竜の太刀は使わないのかな?」

「ああ……初めて見るだろ、これ」


 俺は六角棍を構えた。

 ネヒョルは俺の棒術を知らない。見せていない。


 これで殴るのではない。使うのは武技だ。

 棒術を素手相手に使うと、無茶苦茶強くなる。


 無手の達人でも、一流の棒術使いには寄りつけない。

 一方的にやられることになる。


 リーチの差は、それくらい重要なのだ。


 パワーアップした素盞鳴尊の膂力で、六角棍を使う。

 それをネヒョルに叩き込む。存分に味わってもらおう。


 俺は肩幅より広く両足を開き、腰を落とした。

 重心を下げることで、より安定感を増させる。


 六角棍を肩幅よりも広く持ち、腰だめに構える。

 ネヒョルの方には、棍の先端だけしか見せない。


「さあ、準備ができたぜ。かかってきやがれ」

 俺は更なる挑発をした。


 腰を落としたこの状態は、受けが基本。

 相手の攻撃をいなしつつ反撃するのが常道となる。


「じゃあ、行くよ。すぐに後悔させるからね」

 いい感じに挑発に乗ってくれた。


 ネヒョルは軽く地面を蹴った……と思ったら、姿がかき消えた。

「最初から全力かよ」


 俺が半身をネヒョルに向けていたら、その背中を狙ってきた。

 狙いはいい。だが、これは棒術の構えなのだ。

 裏を取られたときの対処法くらいある。


 身体を動かさず、棍だけをネヒョルの方に向けた。

「……ッと!」


 驚いたネヒョルが急停止する。

 そのまま突進すればぶつかったのだが、それはいい。

 ちゃんと牽制になった。


「ハッ!」


 俺は持ち手を下げて、ネヒョルの膝を打つ。

 肉を叩く音が聞こえた直後、ネヒョルが飛び退いた。


「スネで受けたのか」

 膝を砕こうと思ったが、直前で対応されたようだ。

 相変わらず、いい反射神経している。


「ゴーラン、前より早くなってない?」

 対応されたのが不思議なのだろう。

 首を傾げて聞いてきた。


 棍は剣と違って、振りかぶらないから軌道修正が容易なんだが、それを言っても分からないだろう。


「まだまだこんなもんじゃないぜ」

「そうなの? ボクもだけどね」


 さっきのは、全速力ではなかったらしい。

 まあ、そうだろう。リーチの差があったとしても、俺が簡単に対応できたんだ。


「次はもっと速いのを見せてくれよ。それとも、口だけなのか?」

「そうだね。じゃ、こんなのはどうかな」


 ネヒョルが消えた。

 この一瞬で最高速度に到達するのは凄いな。

 生物とは思えない初動だ。


 ここに到達するまでにストップモーションのように残像だけが見える。

「チィ、空かよ」


 身をかがめて混を振るう。

 頭上への対処は、あまり技がないのだ。


 ネヒョルの爪を弾いたと思ったら、背中を裂かれた。

 遠くに、俺がはじき飛ばした爪が落下した。


 瞬時に爪を再生させて襲ったのか。器用なことをする。

「今のはどうかな?」


「ああ……ちったあ(・・・・)速くなったかな」

「ふうん。そんなことを言うんだ」

 俺に攻撃が届いたからか、幾分余裕を取り戻したようだ。


 だがこれで分かった。

 ネヒョルは前と少しも変わってない。


 攻撃方法は、愚直にして安易。

 速さに頼っての近接攻撃だ。


「なあ、俺の背中を撫でただけで満足か? 随分と志が低いじゃないか」

「そう? 怪我をしたのはそっちだけど?」


「こんなの舐めておけば治るぜ。お前の攻撃なんか、いくら喰らってもそんなもんだ」

「へえ……言うじゃないさ」

 ネヒョルの顔が歪む。


 これは舌戦という奴だ。俺が思考を誘導したのに、気付いていない。

 ネヒョルはまたしても同じように攻撃してきた。


 俺は以前、ネヒョルの前に移動して太刀を振るった。

 あの時の動きをネヒョルが覚えているか賭けだったが、どうやら挑発されているうちに忘れ去ってしまったらしい。


「ここだっ!」


 俺は出せる最大の速度で下がった(・・・・)


「えっ?」


 ネヒョルが攻撃すべき場所に、俺はいない。

 一方、俺はというと。


「腹ががら空きだぜ」


 先ほどから俺は、六角棍に魔素を注ぎ込んでいた。

 それを一気に放出させる。


 ――ドッ


 打ち抜いた棍の先端から莫大な魔素が破裂するように飛び出した。

 ネヒョルの背中に大輪の花が咲いた。

 腹に大穴が空いたのである。


「……な? がら空きだって言っただろ」

 向こうが丸見えだぜ。


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