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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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 脳筋化したヴァンパイア族の奇襲は綺麗に決まった。

 その後の戦闘でも、最初はヴァンパイア族が押していた。


 だが、混乱が収まってきてからは、敵も盛り返し。

 いまは戦力が拮抗している。


「さすがに押し切れねえか」


 ヴァンパイア族もかなり強いが、敵の強さも相当なものらしい。

 うまくバラけてくれたから良かったものの、ただの奇襲だったら、そのまま形勢逆転まで持って行かれたことだろう。


「じゃ、俺も行こうかね」


 俺がネヒョルに向かって歩を進めると、立ちはだかる者が出た。

「……ほう、これはまた」


 これはまた強そうな奴だ。

 ワイルドハントの面々と比べると、やや様相が違っている。

 全身が明るい緑色をしていた。若草色と言えばいいのだろうか。綺麗な発色だ。


 はじめて見るので、どの種族か判別がつかない。

 保有している魔素量は、かなりのもの。


 概算だが、ファルネーゼ将軍よりも多い。

 もしかすると、メラルダ将軍に匹敵するかもしれない。


 進化しても、俺は相変わらず相手の魔素量を読むのがヘタだ。

 これは魂が二つあることに起因しているんじゃないかと最近は思うようになった。


 魔素は光源だ。光の強さでおおよその区別がつく。

 俺はそんなイメージを持っている。


 そして俺の場合、複数の光源がある。

 「オレ」という光源がすぐ近くにあって、正確に読み取れない感じなのだ。


「まあ、それは仕方ねえよな」

 それよりも「オレ」がいて助かった事の方が多いのだから、不満はない。


「これを仕組んだのは、キサマかっ!」

 俺とネヒョルの間に割り込んできた男は、激昂していた。


 相当怒っている。

 そのせいか、身体がテカり出した。


「汗……じゃなくて、油?」


 外皮がヌルヌルテカテカしはじめている。ちょっとキモい。

 戦闘に関するものだと思うが、何の兆候だろうか。


「レグラス、それがゴーランだよ。面白い男なんだけどね。こうボクの目的を邪魔されちゃ、殺るしかないよね」


「当然です、ネヒョル様。もはやトラルザードへの奇襲は成功しません。この男だけは絶対に許せません。必ず倒します」

 そんな会話をしていた。


 何だろう。こうしてレグラスの言葉を聞いていると、俺が悪者になったような気分だ。


「策が失敗したからって、ポーポーわめくんじゃねえよ。お里が知れるぜ」

 ちょっと挑発してみた。


 あれ? ピーピーだっけか?

 実家の裏山で、山鳩が毎朝「くっるくーぽーぽー」と鳴くんで、そっちの方がわめくイメージが強いんだが……これは我が家限定かね。


 今度から、ポーポーも候補に入れたらどうだろうか。


 俺がそんな益体のないことを考えていたら、レグラスの外皮に変化が起こった。

 外皮が立派になり、プロテクターのような形状に変化した。

 さっきの油はこれの潤滑油か?


 肘のところから鎌の刃のようなものが伸び出して、いかにも危険そうな外見に変わりつつある。


(タイマン特化型の種族かな?)


 足先もクルンと丸まり、そこに半円の刃が出現している。

 膝には針の突起もできた。


 普段からこんな外見だと、日常生活に苦労しそうだ。

 だから変身能力を持っているとか?


 さすがにそんなおポンチな理由で変身したりしないか。


 これだけ武器が出現すると、もう集団戦闘は不可能となる。

 敵よりも多くの味方を傷つけてしまう。


「レグラス、ボクもやるよ。ゴーランはここで確実に仕留めないとね。トラルザードのことはその後で考えよう」


 ネヒョルも参戦するようだ。

 正直このレグラスというのが想定外だったのだが、どうしよう。


 俺は視線を周囲に走らせた。


(戦況は……やや不利か)


 脳筋ヴァンパイア族が、よくやってくれている。

 だが、立ち直った敵にただいま苦戦中である。


 まあ嬉々として特攻を仕掛けたのだから、早々壊滅したりしないだろう。

 そこは信じることにする。


「んじゃ、二人まとめてかかってこいよ」

 この全身武器のレグラスと、ヴァンパイア族のネヒョル。


 二対一はちょっとばかりキツそうだが、俺もここで引くわけにはいかない。

 ネヒョルを取り逃がしたら、もう二度と接近できないかもしれない。


 俺はやや腰を落とした。

 吸魔鉄の盾を掲げ、深海竜の太刀を構える。


 ネヒョルは神速と言って良いほど早い。

 これまでの戦いでも、全力を出してきたとは言い難い。

 まだ奥の手を持っているような気がする。


 そしてレグラス。

 昆虫のような外見に変化している。


 膝にはスズメバチの針のようなのが生えているし、翼まで見える。

 肘から生えたのはカマキリの鎌のようだ。


 鋭角的なフォルムは、かなり戦闘に特化されたように見える。


「さあ、来やがれ!」

 俺は吠えた。




「ヒャッハー!」


「ヒャッハー!」


「ヒャッハー!」


「「「ヒャッハー!!」」」


 その時、俺とネヒョルの間をオーガ族の一団が通り過ぎた。




「忘れてた……あいつらのこと」


 今の今まで馬鹿共あいつらの事をすっかり失念していた。

 そもそもの作戦はこうだ。


 まず俺が敵軍の足を止めさせて、その場にラミア族が魔法を叩き込む。

 飛来する魔法弾に混乱した敵は、それを回避しようと勝手に動き出す。


 この時点で敵は、軍としての行動はできなくなっている。

 そこへ空からヴァンパイア族が襲いかかるという寸法だ。


 そうしたのはなぜか。

 オーガ族の足が遅いからである。


 ネヒョルは、必ず周囲を偵察させる。

 その索敵範囲の外からやってこさせるためには、足止めが必ず必要だったのだ。


 俺の策の第三弾は、オーガ族たちの襲来。

 残り全軍で突撃をかける算段だった。


 ただしネヒョルだけは、俺が相手をする。


 レグラスが立ちはだかったことで、意識がそっちに向きすぎたが、ずっと前からオーガ族がここを目がけて駆けていたのだ。


 さあこれからという時になって、オーガ族が乱入してきた。

 せっかく盛り上がったのにと思うが、俺が忘れていたくらいである。


 敵もまさか横合いから水を差されるとは思わなかっただろう。

 完全な不意打ちになったようだ。俺もだけど。


 俺は見た。

 一歩を踏み出したレグラスの真横から、ややイッた目をしたオーガ族が体当たりをかましたのを。


 レグラスはそれに耐えた……が、二体目も体当たり。


 三体目がぶつかったところで、レグラスがよろめいた。


 そこへ四体目から七体目までが突進し、レグラスがのけぞった。

 空を見上げた格好になったのだ。


 その時になってはじめて俺は「あっ!」とオーガ族のことを思い出した。

 八体目以降はもう団子になっていた。音にすると。


 ――ドドドドドド


 である。

 レグラスは横合いから来たオーガ族の集団に跳ね飛ばされ、踏みつけられ、蹴られ、引っかけられ、転がされて、どっかにいってしまった。


 意識外からやってきた何十体ものオーガ族の突進を受け止めるのは、俺だって無理だ。

 というか、七体目くらいまでよく持ちこたえたと思う。無駄な努力だったが。


 結局、すべてのオーガ族が通り過ぎたあと、その場にレグラスはいなかった。

 影も形もない。


 ちなみにネヒョルには転がっていくレグラスが見えたようで、飛びださんばかりに目を開いて、オーガ族が去っていった方を凝視していた。

 あと大口開けたままだ。




 十分時間が経ってから、ネヒョルがこっちを睨んだ。

 相当怒っている。

 あんなに怒ったネヒョルの顔を見るのは初めてだ。


 ――トトトトト


 遅れて死神族の集団が、俺たちの間を通過した。

 オーガ族の足の速さに追いつけなかったようだ。



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