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○ワイルドハント ネヒョル
ネヒョルはその報告を聞いてほくそ笑んだ。
予想通りの場所にトラルザード軍がやってきていた。
斥候から詳しい報告を聞けば、トラルザード本人がいると思われる天幕の場所も分かった。
「ねえレグラス、こっちの準備はできている?」
「もちろん準備はできております。問題ありません」
「よし、じゃあ、襲撃しようか」
本陣を急襲しても、トラルザードは周囲への被害を恐れて最初から全力で戦うことはしない。
そこを突く予定である。
竜種に弱点らしきものはない。
高い魔法耐性と物理防御を持っていることから、体力と魔素を削りつつ弱らせてから倒すことになる。
そう、普通に倒そうとすれば、竜種はかなりやっかいな相手だ。
そのため、今回はとっておきの技を使う。
全軍で移動をはじめた。
ただしネヒョルの視線は、時折後方に注がれる。
この一団の中で、奇妙な者たちがいる。
全身を黒い甲冑で覆った者たちだ。
もとのワイルドハントが、この姿を取ることが多かった。
身元を隠すために全身鎧を纏い、顔まで完全に隠していた。
ワイルドハントが正体不明の集団と恐れられた理由でもある。
だが、実はそれこそフェイク。
ただひとつの事を成すために作り上げた、幻想に過ぎない。
巷間で噂されるワイルドハントはみな黒ずくめである。
正体を見破られないため。そう思われている。
だから他に意図があるとは考えられていない。
「ちょっと後ろが遅れたかな。落聖鉄越しでも厳しそうだね」
「さすがに無効化することはできませんでしたので」
急がせますと、レグラスは後方に向かった。
ネヒョルの国には、『塩の柱』がある。
魔界にそびえ立つ六本の柱のことだ。
それはかつて天界の住人が侵攻してきた証。
聖気が結晶化して固まったもの。
そして今でも柱の中心部は、聖気を放っている。
ゆえに魔界の住人はそこに近づかない。近づけない。
近づけば、聖気に毒されるからである。
ただし、変質した聖鉄ならば別。
聖鉄が変質すると、ある程度聖気を遮断してくれる。
それが落聖鉄と呼ばれるものである。
落聖鉄で造った鎧であれば、聖気の塊を持ち運ぶことができる。
ネヒョルが格上を倒すときに使おうと考えていた方法である。
「トラルザードの天幕まで行ったら聖気の塩を撒くからね。みんなは離れさせてよ」
「分かっております。お任せ下さい」
レグラスは自信ありげに頷いた。
魔界の住人が聖気の塩を浴びればどうなるか。
行動が制限される。
能力も制限される。
そして能力すべてが弱体化する。
自分が浴びれば、大変なことになる。
そんな諸刃の剣をネヒョルは持ってきたのである。
すべてはこの時のために。
仕込みは万全。
あとは実行するのみ。
ネヒョルたちが姿を隠したまま進み、もうすぐトラルザードの天幕だというときに、それは起こった。
○ゴーラン
「くっ……くくくく……」
ついにきた。この日が来た。
トラルザードからワイルドハントの話を聞いてから、ずっと考えていた。
どうやってネヒョルを倒そうかと。
人を騙し、コケにし、裏切った相手をどうぶち殺そうかと。
俺は考えた。
「奴の計画を潰せばよくね?」と。
どうせ何らかの計画を練っているのだろう。
のこのことトラルザードの国にやってきた理由。
エルダーヴァンパイアになるために必要な『魔王が持つ支配のオーブ』を得るために違いない。
ならば、直接トラルザードを襲うのではないか。
俺はそう考えて、秘かに城へ忍び込んだ。だれにも内緒だ。
かつて何度も足を運んだこともあるトラルザードの城。
塔に軟禁されていたこともあれば、逃げ出してうろつきまわったこともある。
ある程度、内部構造は把握している。
目立たず、俺が隠れられる場所についても心当たりがあった。
俺はそこに身を隠し、トラルザードの動向を探った。
ネヒョルも同じことをしている確信があった。
トラルザードの動きが掴めれば、どこかで隙を突いて襲ってくるだろう。
奴はそういう性格だ。
だからこそ俺は、すべてを秘密裏におし進め、ネヒョルが現れるのを隠れて待っていた。
「くくっ……くっはははは」
予想は当たった。奴はやってきたのだ。
姿を隠しているようだが、あれはすでに見たことがある。
かつてメラルダ将軍が前線で戦っていたときに、ネヒョルが隠れて様子を窺っていたことがあった。
俺は知っている。
姿は見えないが、その痕跡まで隠すことはできない。
数が多ければ尚更だ。
俺は奴らが移動する痕跡を捉えた。もう見失わない。
あとは奴が勝ち誇ったところを横合いから強襲すればいい。
トラルザードにも秘密にしていたので、俺のこの行動は誰も知らない。
ネヒョルに警戒されることもない。
そしてすべて俺の読み通りになった。
「さあて、狩りの時間だ」
移動を始めたネヒョルたちの姿は相変わらず見えない。
だが押しのける下草の動きで、全体が丸見えなのだ。
俺は木の陰から躍り出た。
――ザシュ!
深海竜の太刀を一振り。
それだけで、先頭の誰かを斬り捨てる。
続けざまに二度、三度剣を振るう。
姿が見えないといっても、ビッケやマニーのようにどこにいるか分からないわけではない。
これだけ近ければ、気配くらい読み取れる。
隊の先頭を次々と屠っているうちに、姿を隠す特殊技能を持った奴を殺ったらしく、奴らの隠蔽が解けた。
「さあかかってこい!」
奴らの進行方向で立ち止まり、俺は両手を広げた。
戦いはここからだ。
「迎え撃て!」
どこからか檄が飛ぶ。なるほど、反応は悪くない。
俺は暴れながら、ネヒョルの位置を探った。
姿が現れたことで、敵の全体が見渡せるようになった。
ネヒョルは隊の真ん中にいるらしい。
「チィ、ここから遠いじゃねえか」
隊の半分を斬り捨てて、ネヒョルに殺到するのは難しい。
まあいい。ものには順序がある。
殺到する敵を迎え撃ちつつ、俺は時を待った。
さすがは音に聞こえたワイルドハントだ。
強いのはネヒョルだけじゃない。
一般の兵もまた強者ばかりだ。
「こりゃ、一筋縄じゃいかねえな」
奇襲し、機先を制したとはいえ、すぐに拮抗させられた。
奴らの戦闘力は高く、これまで戦った奴のなかでも、練度はピカイチだ。
普通ならばすぐに押し切られてしまう。
事実俺は、後退しながら戦っている。
敵には勢いがある。だがしかしだ。
「いい具合に、俺に注目してくれたな」
俺はニヤリとした。
時間稼ぎは終わりだ。
そろそろ主役の座を第二陣に譲り渡そうとしようか。
俺がそんなことを思っていると、奴らがいる辺りが爆発した。
奴らのただ中に、攻撃魔法が叩き込まれたのだ。




