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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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○魔王トラルザードの国 トラルザード


 魔王リーガード本人が国境を越えたという情報は、すぐにトラルザードの国中に広がった。

 トラルザードとリーガードは戦争中である。

 リーガードに対抗できるのは、同じ魔王であるトラルザードのみ。


 ならば、トラルザードが出撃すれば、両魔王が戦うことになるのかと、誰しもが予想した。


 事実、トラルザードはとっくに出撃準備を終えて、町を出発していた。


 今回、トラルザードが率いた兵は精鋭のみで五百名。

 ただし、途中の城塞都市でもう三百名の増援と合流する。


 総勢八百名を越える集団が、国境へ向かうのだ。

 これは両国の総力戦になる。


 町民の噂は、そのことで持ちきりになった。




 トラルザードが進軍を始めて二日目。

 行程は順調に消化している。


「この分ならば、明日には城塞都市に到着できるな」


 日頃の鍛錬の賜物か、トラルザード軍に乱れはない。

 堂々たる行軍で街道を進む。


「この先の平原にて、野営の準備ができております」

 副官がそう告げてきた。


「うむ。本日はそこまでにする」


 トラルザード領内であれば、行軍を妨げることなく、いくつもの野営地が確保されている。


 専用の者たちが先回りして、陣の構築まで終わらせるのである。

 日暮れまで行軍し、トラルザード軍は無事野営地へ入った。


 もし他国の者たちがその姿を見たら、なんて手際の良いと驚いたであろう。

 そもそも行軍の速度も尋常ではない。


 軍の移動は、通常の旅とは違う。

 速度が半分に落ちてもしょうがないはずだ。


 何かの拍子に前が詰まれば、後ろは長い渋滞ができてしまうものだ。


 だが、トラルザード軍はそれらすべて折り込んで、通常の速度と変わらない行軍予定が立てられていた。

 驚きの練度である。


「食事を終えたら、三交代で野営の見張りを。後は任せる」

「畏まりました」


 予定通りである。

 明日の夕暮れには、城塞都市に到着する。

 そこからどのルートを辿るのか、それはリーガードの出方次第である。


 トラルザードは軍師セイトリーの立てた作戦を思い出し、どれを使うことになるかと考えた。


 トラルザード軍内で食事が終わった頃、野営地はうっすらと闇に閉ざされるようになった。


 その様子を見ていた存在がいることを、偵察に出ていたトラルザード兵が気付くことがなかった。


 トラルザード軍を見ていた存在は、音もなくその場を離れた。




○ワイルドハント ネヒョル


 ネヒョルは斥候を出し、トラルザードが野営地に入ったところまでは確認した。

 事前に城へ忍び込んで、作戦行動を調査した通りの行動である。


「ここが一番襲撃しやすいんだよね」

 今日は城を出てから二日目。


 初日は軍を町中に入れてしまったために、襲撃はできなかった。


 襲撃側にとっての利点は、気付かれていないこと。

 そして襲撃する場所が前もって分かっていることである。


 建物に入ってしまった場合、ともすればトラルザードを探してウロウロと歩き回らねばならない。


 また狭い建物の中では、思うように数を集めて襲撃もかけられない。


 明日は城塞都市に入ってしまうのもよくない。

 それ以降は、トラルザード軍の兵は格段に増えてしまう。


 襲撃する側にとって、それは避けたいところだった。

 ゆえに狙うは今日しかない。


 野営地に張った天幕の位置も把握ずみである。

 ここをワイルドハント全員で襲う。


 トラルザードは必ず迎撃してくる。

 戦う兵を置いて逃げるような魔王はいない。だから迎え撃とうとしてくる。


 あとはトラルザードの味方を近づけさせないようにして、囲めばいいだけである。

 不意さえ打てれば、十分に勝算はあった。


「レグラス、準備はいいかな?」

「もちろんでございます。どのようなことがありましても、必ず目的を達してみせます」


「うん。じゃあ、進撃しよう。お婆さんには退場願わないとね」

「かしこまりました」


 ネヒョルを筆頭に、ワイルドハントの面々が静かに移動する。

 その様子は、いつも通り視認できない。




○野営地 魔王トラルザード


 魔王トラルザードは、天幕の中でこれまでのこと、これからのことを考えていた。


「リーガードとの決戦は、いつか起こると考えて、何百年も前から準備をしておいた。問題はないはず……だが、この動乱の中、奴は昔のままだろうか」


 不安はある。

 トラルザードの方が、経験も魔素量も上回っている。


 ただし、リーガードには若さがある。

 最近では長期戦は不利かもしれないと考えるようになっていた。


 そしてもうひとつの懸念事。

(城に残してきたメラルダは大丈夫であろうか……)


 ワイルドハントという不確定要素のことが、トラルザードの心の隅にずっと引っかかっている。


 ネヒョルは小魔王を次々と下し、いま一番勢いに乗っている存在である。

 やっかいなのは、神出鬼没であること。


 いつどこに出没するか分からないのは脅威である。

 気がついたら目の前にいたということにもなりかねない。


「やはり、小魔王が次々とやられたのは、そういうことなのであろうな」


 相手は準備万端。こちらは虚を突かれた状態。

 それで戦えば、いかな小魔王とて十全の力を発揮できない。


 歯車が噛み合わなければ、実力を出す前になす術なくやられてしまう。


「メラルダは、あれで慎重なやつだ。大丈夫だと思うが……ん?」


 かすかに外が騒がしい。


(周辺に兵はいないはずだが……)


 トラルザードの周辺は、強力な者たちが守っている。

 逆に、一般の兵を近寄らせることはしていない。


「気のせいか?」

 そう思うものの、胸騒ぎがしてきた。


 トラルザードは耳を澄ませる。


 かすかに……ほんの少しだけだが、やはり音が聞こえる。


「誰ぞ! 何があった?」


「…………」

 応えはない。


 不審に思い、トラルザードは天幕を出た。


 ――ドドーン


 火球が飛んできて、天幕に落ちた。


「なんだ? 何があった?」


 ゴウゴウと燃え上がる天幕を見つつ、トラルザードは周辺を探った。


「どこかで戦闘が始まったか!」

 聞き慣れた戦闘音である。


 すぐに襲撃か? とトラルザードが意識を切り変えたとき、大地が揺れた。



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