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そこはトラルザード城外苑の中でも、だれも寄りつかない一角。
城の陰に隠れ、日中でもほの暗い場所である。
建物と建物の間の細い通路が続いた先に、普段使われていない小さな建物があった。
「くっ……ふふふふ」
押し殺した笑い声が、その建物の中から響く。
夜になるとここは、完全な闇に閉ざされる。
外灯もなく壁を登る者がいたとしても、だれにも気付かれない。
そもそもこのような奥にある場所は、城で働く者すら知らない者が多い。
陽が完全に没し、周囲が暗くなると、建物の中からその者は現れた。
迷いなく通路を進み、ふと壁を見上げる。
城の壁の高みに小窓があった。
ヒョイッと壁を伝い、スルスルと登っていく。
瞬く間に小窓にたどり着くと、そのまま中へ消えていった。
……しばらくして。
「なるほどなるほど……」
満足そうな声が聞こえた後、その者はそっとその場を離れた。
その者が離れた場所こそ、魔王トラルザードと軍師セイトリーの密談部屋の隣だったのである。
○魔王トラルザードの城 トラルザード
「そうか、リーガードの奴がやってきおったか」
南から上がってきた報告に、トラルザードは目を細めた。
魔王同士の戦いは熾烈を極める。
自軍にも大きな被害が出るため、簡単に戦ってよいものではない。
よほど追い詰められるか、最終決戦とならない限り、軽々しく出てきていいものではない。
もちろん腰の軽い魔王はいる。
だが、魔王リーガードは、そういうタイプではないとトラルザードは思っていた。
「魔王が直接出てきましたので、他の者では足止めが精一杯でしょう」
「そうであろうな。リーガードめ、何を考えておるのやら」
忌々しげに呟くトラルザードだが、セイトリーは冷静だった。
「恐らくですが、わが国が東西で戦ったことが大きいかと思います」
セイトリーの意見はこうだ。
もし、トラルザードがリーガード領へ攻め入る場合、どのような理由が考えられるか。
それはもちろん、リーガードが大魔王へ至るために、活発に動き出したときである。
その場合、トラルザードを喰って大きくなることは想像に難くない。
リーガードにその兆候が見えた瞬間に、トラルザードは決断するだろう。
今こそ雌雄を決するときだと。
リーガード領とトラルザード領は接しているが、他にも多くの小魔王国が周辺に点在している。
リーガードが大魔王へ至ろうとするならば、十を越える小魔王国を併呑しようとするだろう。
それで力をつけ、トラルザードへ挑む。
一方のトラルザードは、そうはさせまいと、リーガードが小魔王国を襲い、国を留守にしている間に城まで攻め上り、配下を蹂躙しに向かうはずである。
少しでも強くあろうとするリーガードに対して、その力を少しでも削ごうとするトラルザードという図式が完成する。
「もしかして、我が大魔王への野心を露わにし、動いたと思ったのか」
「ではないでしょうか」
「ふーむ」
トラルザードは考える。
西と東へ積極的に軍を派遣した。北の魔王軍とも戦った。
トラルザードとしては、売られた喧嘩を買ったに過ぎない。
だが外から見た場合は、どうだろうか。
全方位に喧嘩を売っているようにしか見えない。
危機感を抱いたリーガードが先手を打ったのではないかと、セイトリーは言うのである。
「それで本人が出張ってきたわけか」
「理由はどうあれ、倒さねばなりません」
「そうであるの。まったくめんどうだわ。……して、セイトリーよ、何か策はあるのか?」
「リーガードの目的によって、こちらの打つ手が変わってきます。単純にリーガード本人が軍を率いて、わが国を攻めたのでしたら、どうとでも対処できます」
「そうであるな。こちらは全兵力で当たればよい」
「ですが、戦力を削りに来たのか、直接陛下を討ちに来たのか、それとも誘いに来たのかまだ分からないのです」
「誘い……もあると?」
「可能性はあります。これまで西と東、それに北に派兵いたしました。ならば南にもとリーガードが考え、誘いにきたのかもしれません。こちらが迎撃に向かえば、リーガードは自領へ引く可能性もあります」
「そして我が追いかけ、国境を越えると……」
「包囲殲滅の罠が出来上がっているかもしれません」
机上では冷静に判断できるものの、いざ戦場だと様子が違う。
敵が逃げれば追いかけるし、途中で罠と気付いても、引き返せない場合もある。
とくに竜族は戦いになると、相手を殲滅するまで止めない。止められない。
誘いに乗ってしまうことは十分考えられた。
「なるほどのう。セイトリーはどう思う?」
「情報が足りませんので、なんとも。ですが今回のこと、リーガードを叩くよい機会かと思います」
「迎撃は変わらぬのか」
「はい。ただ、できればこの町の兵はなるべく残しておきたいと考えます」
「ワイルドハントの件だな」
「その通りです。城の守りにメラルダ将軍を据えればよろしいかと」
「うむ。では我は直属の部下のみを率いて向かうとするか」
「それでしたら、途中の町で増援と合流できるよう、手配しておきます」
「分かった。それでよい」
その後も、魔王トラルザードと軍師セイトリーは、戦いの詳細を詰めた。
トラルザードが軍を出発させ、街道を南下する感じになる。
進軍を続ければ、三日後に城塞都市グエストに辿り着ける。
そこで各所から集まった増援を加える……そんな作戦が完成した。
これにより、トラルザードの親征が決まった。




