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○ワイルドハント ネヒョル
ここは魔王リーガードと魔王トラルザードの国の国境付近。
木々の多い場所を選んでワイルドハントの面々は進んでいく。
少数で潜入すれば、いまの三倍、四倍の速度でも移動できた。
だが今回は違う。
大勢の兵を一緒に連れてきている。
もちろんそれは、魔王トラルザードを倒すため。
目的を達するためには、多少荷物も多くなったり、思った以上に移動距離が伸びなくても仕方なかった。
「ネヒョル様、今日はここまでにしましょう」
しばらくして、レグラスが野営を提案する。
「もう国境は越えたかな?」
「はい。一時間ほど前に川を渡りました。あれが国境になっていると思います」
「そっか。だったら、今日はここまででいいかな。トラルザード領に入ったんだったら、そろそろ情報を集めたいよね」
「近くの村を見つけてそこを襲いましょう」
村内にいる者を全滅させれば、出発まで発覚することはない。
村に留まり、ゆっくりと斥候を出せばいいのだ。
トラルザードの居場所だけでなく、周辺の軍の所在地が分かってから動けばいい。
レグラスの言葉にネヒョルも頷いた。
「もしリーガード本陣が来ていたら、トラルザードもやってくるかもしれないね」
「その場合、共倒れさせますか?」
「そうだね。戦場で乱戦になればなるほど動きやすくなるし」
「畏まりました。明日からは、トラルザード軍の情報を集めてまいります」
「うん、お願い」
レグラスが「では野営の準備をしてまいります」と消えていった。
「ふー、どうなるかな。魔王だから簡単には出てこないと思うけど、ノコノコ来てくれると嬉しいな」
そんなことを考えていたネヒョルは、国境を越えたことで気が緩んでいたらしい。
また、黙々と野営の指示を出しているレグラスも気付かなかった。
闇走族の『共隠れ』の効果が消えていたのである。
「敵襲!」
誰かが叫んだ。
声と同時に、ゴウッという風斬り音が上空から聞こえた。
「あれ? 見つかっちゃった?」
ネヒョルが空を仰ぐと、二体のサンダーバード族が急降下してくるところだった。
「リーガード軍がもうここまで来た?」
リーガードの軍が国境を越えてくるとは思ってなかったため、後方の警戒が疎かになっていたらしい。
そしていつのまにか、『共隠れ』の効果が切れていたことも理解した。
「見つかったならしょうがないね。殺っちゃおう」
ネヒョルは爪を伸ばし、空中へ踊り出ると、やってくるサンダーバード族の片翼を切り裂いた。
片方の翼をもがれ、サンダーバード族が落下していく。
「他にもいるのか。これは拙いな」
リーガード軍の本隊がどこにあるのか知らないが、最低でも一体は報告に戻っているだろう。
ここで敵を全滅させても、安心できない。
「レグラス、移動しよう。追ってきたやつだけ倒して」
「畏まりました」
どうせ居場所がバレているならば、コソコソしてもしょうがない。
全滅させたところで、その場しのぎにしかならない。
ネヒョルたちは場所を移動しつつ、追ってきた敵だけを集中的に迎撃することにした。
それが功を奏し、完全に日が沈む頃には、サンダーバード族を全滅させることができた。
「……まったくもう、面倒ったらないよ」
サンダーバード族はいなくなったものの、敵は黒揚羽族まで投入していた。
あれが空に舞っていたのを見て、ネヒョルは舌打ちをしたものだ。
黒揚羽族は戦闘能力こそ持たないものの、夜間だと視認することは不可能。
黒揚羽族に追跡されても、こちらは気付けない。
陽が落ちるのを見越して、派遣したとしか思えない周到さだった。
「今のうちに距離を稼ぎましょう」
『共隠れ』を再び展開させたことで、敵もネヒョルたちを発見できなくなっている。
今のうちに、もっとトラルザード領の奥深くに入ればよい。
そう考えて斥候も出さずに移動したため、ネヒョルたちは運悪く別部隊の正面に躍り出てしまった。
まさかリーガード軍が先回りしたのか?
そう考えたが、出会った一団は、今までとは違う。
彼らは夜間哨戒に出ていたナイトメア族、天鬼族、クーガ族の集団だった。
それぞれ夜目の利く種族である。
「あちゃー、トラルザード軍っぽいな」
嘆くネヒョルだが、このままやりすごせるかどうか、目はじっと敵軍に据えられている。
敵が違和感を抱いて警戒したのを見て、ネヒョルはすぐに決断を下した。
「レグラス、全滅させるよ」
「畏まりましたっ!!」
大急ぎで魔王トラルザード領内を進んだため、ここはどこか分からない。
トラルザード軍の哨戒部隊と遭遇したことから、本隊が近くにいそうなことが分かった。
「一人も逃すな! 行け!」
レグラスの檄が飛ぶ。
こうして、真夜中の遭遇戦がはじまった。
○魔王トラルザードの城 ゴーラン
俺は数日ぶりに、魔王トラルザードの城に来た。
昨日、謁見の申し込みをしたところ、もう今日には会えることになった。
「わざわざ時間を空けていただき、ありがとうございます」
「なに、こちらの都合もあったのでな。……してゴーラン、今日はどうしたのだ?」
「国に帰ろうかと思いまして、別れの挨拶にまいりました」
「なるほど……帰るか」
「はい。鍛えてやりたい部下もおりますし」
「そうか。道中無事に帰れるか分からんが……いや、お主ならば問題ないか」
トラルザードの歯切れが悪い。
何かあったのだろうか。
「道中で危険な箇所があるのでしょうか」
「先日、リーガードの部隊が大挙して国境を越えてきた。いま迎撃中だが、どうやらそれだけではなくてな」
「魔王リーガード国からの侵攻は分かります。それだけではないとは、一体?」
「正体不明の一団もまた、わが国内に出没してのう。哨戒中の部隊と戦闘になったのだ。どうやら昨今巷を騒がせているワイルドハントらしい」
なんと。
「そのお話、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか」
「うむ……交戦して逃げられたので、詳しいことは分からんよ。現場に残された敵の死体は、最近出没しているワイルドハントの構成とよく似ておった」
ワイルドハントといえばネヒョル。
ネヒョルといえばワイルドハント。
これは見過ごせない。
「どの辺りで遭遇したのでしょうか」
「最初はリーガードとの国境付近だな。それから二度ほどそれらしき集団を見つけておる。遭遇場所は、ここと、ここだな」
壁に掛かっている地図を指して、トラルザードが説明した。
交戦した場所が徐々に近づいている。これはもしかして……。
「少々用事を思い出しましたので、帰還を延ばすことにしました」
「ワイルドハントの首領のことか? メラルダが言っておったが」
「その通りです。あれは俺が潰します」
ネヒョルは俺のことをダシにしたり、コケにしたりした。
妨害もされたし、いまは敵対中だ。俺のことを抜きにしても放置できない。
いつか殺ってやろうと、ずっと思っていた。
こっちに来るのならば丁度いい。
本気でぶちのめしてやる。というか、殺す。
「因縁があるようだな。では情報が入り次第、お主にも伝えよう」
「はっ、ありがとうございます」
帰還の挨拶をしに来たら、思いがけない情報を得られた。
ネヒョルは神出鬼没すぎて、俺では居場所を特定することができない。
だが向こうからやってくるのならば、話は別。
手ぐすね引いて待っていてやろうじゃないか。
俺がここにいるのを奴は知らないはず。
俺は不敵に笑った。
「ゴーラン……お主、メルヴィス様に似てきてないか?」
トラルザードがちょっと引いていた。
そんなことないよね?




