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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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○ワイルドハント ネヒョル


 ここは魔王リーガードと魔王トラルザードの国の国境付近。


 木々の多い場所を選んでワイルドハントの面々は進んでいく。

 少数で潜入すれば、いまの三倍、四倍の速度でも移動できた。


 だが今回は違う。

 大勢の兵を一緒に連れてきている。


 もちろんそれは、魔王トラルザードを倒すため。

 目的を達するためには、多少荷物も多くなったり、思った以上に移動距離が伸びなくても仕方なかった。


「ネヒョル様、今日はここまでにしましょう」

 しばらくして、レグラスが野営を提案する。


「もう国境は越えたかな?」

「はい。一時間ほど前に川を渡りました。あれが国境になっていると思います」


「そっか。だったら、今日はここまででいいかな。トラルザード領に入ったんだったら、そろそろ情報を集めたいよね」

「近くの村を見つけてそこを襲いましょう」


 村内にいる者を全滅させれば、出発まで発覚することはない。

 村に留まり、ゆっくりと斥候を出せばいいのだ。


 トラルザードの居場所だけでなく、周辺の軍の所在地が分かってから動けばいい。

 レグラスの言葉にネヒョルも頷いた。


「もしリーガード本陣が来ていたら、トラルザードもやってくるかもしれないね」

「その場合、共倒れさせますか?」


「そうだね。戦場で乱戦になればなるほど動きやすくなるし」

「畏まりました。明日からは、トラルザード軍の情報を集めてまいります」


「うん、お願い」

 レグラスが「では野営の準備をしてまいります」と消えていった。


「ふー、どうなるかな。魔王だから簡単には出てこないと思うけど、ノコノコ来てくれると嬉しいな」


 そんなことを考えていたネヒョルは、国境を越えたことで気が緩んでいたらしい。

 また、黙々と野営の指示を出しているレグラスも気付かなかった。


 闇走族の『共隠れ』の効果が消えていたのである。


「敵襲!」

 誰かが叫んだ。


 声と同時に、ゴウッという風斬り音が上空から聞こえた。

「あれ? 見つかっちゃった?」


 ネヒョルが空を仰ぐと、二体のサンダーバード族が急降下してくるところだった。

「リーガード軍がもうここまで来た?」


 リーガードの軍が国境を越えてくるとは思ってなかったため、後方の警戒が疎かになっていたらしい。

 そしていつのまにか、『共隠れ』の効果が切れていたことも理解した。


「見つかったならしょうがないね。殺っちゃおう」


 ネヒョルは爪を伸ばし、空中へ踊り出ると、やってくるサンダーバード族の片翼を切り裂いた。

 片方の翼をもがれ、サンダーバード族が落下していく。


「他にもいるのか。これは拙いな」


 リーガード軍の本隊がどこにあるのか知らないが、最低でも一体は報告に戻っているだろう。

 ここで敵を全滅させても、安心できない。


「レグラス、移動しよう。追ってきたやつだけ倒して」

「畏まりました」


 どうせ居場所がバレているならば、コソコソしてもしょうがない。

 全滅させたところで、その場しのぎにしかならない。


 ネヒョルたちは場所を移動しつつ、追ってきた敵だけを集中的に迎撃することにした。

 それが功を奏し、完全に日が沈む頃には、サンダーバード族を全滅させることができた。


「……まったくもう、面倒ったらないよ」

 サンダーバード族はいなくなったものの、敵は黒揚羽くろあげは族まで投入していた。

 あれが空に舞っていたのを見て、ネヒョルは舌打ちをしたものだ。


 黒揚羽族は戦闘能力こそ持たないものの、夜間だと視認することは不可能。

 黒揚羽族に追跡されても、こちらは気付けない。


 陽が落ちるのを見越して、派遣したとしか思えない周到さだった。


「今のうちに距離を稼ぎましょう」

『共隠れ』を再び展開させたことで、敵もネヒョルたちを発見できなくなっている。


 今のうちに、もっとトラルザード領の奥深くに入ればよい。

 そう考えて斥候も出さずに移動したため、ネヒョルたちは運悪く別部隊の正面に躍り出てしまった。


 まさかリーガード軍が先回りしたのか?

 そう考えたが、出会った一団は、今までとは違う。


 彼らは夜間哨戒に出ていたナイトメア族、天鬼族、クーガ族の集団だった。

 それぞれ夜目の利く種族である。


「あちゃー、トラルザード軍っぽいな」

 嘆くネヒョルだが、このままやりすごせるかどうか、目はじっと敵軍に据えられている。


 敵が違和感を抱いて警戒したのを見て、ネヒョルはすぐに決断を下した。


「レグラス、全滅させるよ」

「畏まりましたっ!!」


 大急ぎで魔王トラルザード領内を進んだため、ここはどこか分からない。

 トラルザード軍の哨戒部隊と遭遇したことから、本隊が近くにいそうなことが分かった。


「一人も逃すな! 行け!」

 レグラスの檄が飛ぶ。


 こうして、真夜中の遭遇戦がはじまった。




○魔王トラルザードの城 ゴーラン


 俺は数日ぶりに、魔王トラルザードの城に来た。

 昨日、謁見の申し込みをしたところ、もう今日には会えることになった。


「わざわざ時間を空けていただき、ありがとうございます」

「なに、こちらの都合もあったのでな。……してゴーラン、今日はどうしたのだ?」


「国に帰ろうかと思いまして、別れの挨拶にまいりました」

「なるほど……帰るか」


「はい。鍛えてやりたい部下もおりますし」

「そうか。道中無事に帰れるか分からんが……いや、お主ならば問題ないか」


 トラルザードの歯切れが悪い。

 何かあったのだろうか。


「道中で危険な箇所があるのでしょうか」


「先日、リーガードの部隊が大挙して国境を越えてきた。いま迎撃中だが、どうやらそれだけではなくてな」


「魔王リーガード国からの侵攻は分かります。それだけではないとは、一体?」


「正体不明の一団もまた、わが国内に出没してのう。哨戒中の部隊と戦闘になったのだ。どうやら昨今巷を騒がせているワイルドハントらしい」


 なんと。


「そのお話、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか」


「うむ……交戦して逃げられたので、詳しいことは分からんよ。現場に残された敵の死体は、最近出没しているワイルドハントの構成とよく似ておった」


 ワイルドハントといえばネヒョル。

 ネヒョルといえばワイルドハント。

 これは見過ごせない。


「どの辺りで遭遇したのでしょうか」


「最初はリーガードとの国境付近だな。それから二度ほどそれらしき集団を見つけておる。遭遇場所は、ここと、ここだな」


 壁に掛かっている地図を指して、トラルザードが説明した。

 交戦した場所が徐々に近づいている。これはもしかして……。


「少々用事を思い出しましたので、帰還を延ばすことにしました」

「ワイルドハントの首領のことか? メラルダが言っておったが」


「その通りです。あれは俺が潰します」


 ネヒョルは俺のことをダシにしたり、コケにしたりした。

 妨害もされたし、いまは敵対中だ。俺のことを抜きにしても放置できない。


 いつか殺ってやろうと、ずっと思っていた。


 こっちに来るのならば丁度いい。

 本気でぶちのめしてやる。というか、殺す。


「因縁があるようだな。では情報が入り次第、お主にも伝えよう」

「はっ、ありがとうございます」


 帰還の挨拶をしに来たら、思いがけない情報を得られた。

 ネヒョルは神出鬼没すぎて、俺では居場所を特定することができない。


 だが向こうからやってくるのならば、話は別。

 手ぐすね引いて待っていてやろうじゃないか。


 俺がここにいるのを奴は知らないはず。

 俺は不敵に笑った。


「ゴーラン……お主、メルヴィス様に似てきてないか?」

 トラルザードがちょっと引いていた。


 そんなことないよね?



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