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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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 トラルザードに怒られた。

 滅茶苦茶怒られた。


「倒せるか?」と聞かれたと思ったが、違っていたらしい。

 トラルザードは、「何を考えておるのだ」から始まって、「絶対に戦うな」とか「そもそも戦おうと考えるな」と、ひどい剣幕だ。


 俺が戦って死ぬだけならいいが、それによってメルヴィスが不機嫌になり、周辺諸国に当たり散らしたらどうするのだと、涙ながらに訴えかけられた。

 そんなに怒らなくてもいいのに。


「それで、トラルザード様は何を知りたかったんですか?」

 もうちょっと分かりやすく質問してもらいたい。


「何をって……メルヴィス様の機嫌に決まっておろう」

 決まっているのか。そいつは知らなかった。


「今日の天気」みたいに、「今日の機嫌」というのが常識のようだ。


 ――小魔王メルヴィスの今日の機嫌です。朝は比較的穏やかですが、日中はところにより不機嫌。午後は雷をともなう魔法が振るでしょう


 こんな感じか。

 でもまあ、あの圧倒的な存在感を前にしたら戦う気もおきないか。


「俺が感じただけですと、機嫌は悪くなかったと思います。普段の状態は知りませんが、城内で働いている者たちも、とくに怯えた様子はなかったですし」


「そうか……メルヴィス様の寝起きは良い方なのだな」

 寝起きって……寝起きなのか?


「少し気になったんですけど、メルヴィス様って小魔王ですよね」

「小魔王とは思えん魔素量であろう?」

 トラルザードがニヤリと笑った。


「ええ、どういうことなんですか?」


「さて、我もその辺はよく分からん。かつて大魔王であり、今は小魔王だ。なんらかの事情で、メルヴィス様の魔素量が正確に測れてないのだと我は考えておる」


「魔素量が正確に測れていない……やはりそうですか」

 支配の石版は、俺たちが体内に持つ支配のオーブと連動している。


 小魔王が死ねば石版から名前が消える。

 小魔王から魔王へは、石版に名前が載る位置が変わったことで判断できる。


 石版での位置を決定づけるのは、その者が持つ魔素の総量だと言われている。

 では、メルヴィスの場合はどうなのか。


 圧倒的な存在感は、体内の魔素が膨大であることを示している。

 とても小魔王の範疇に収まるものではない。


 なぜ支配の石版に「それ」が反映されないか。

 俺は、メルヴィスの身体の中から出てきたあの鎖のせいだと思っている。


 メルヴィスいわく、他の者には見えないらしい。

 俺は見えたが、それは今は置いておく。


 あの鎖の効果は分からない。

 だけど、あれのせいで石版が正しくメルヴィスの魔素量を測れていないとしたら、どうだろう。


 天界との戦いで、ヘラによってつけられたらしい鎖。

 ヘラの目的はゼウスを生き返らせること。


 そのための研究をしていたはず。

 ということは、あの鎖もその副産物だろうか。


「メルヴィス様が復活したおかげで、あの周辺は穏やかになるであろうな」

 俺が考え事をしていると、トラルザードがしみじみと言った。


「そうですね。周辺の国が二、三消滅すれば、若い小魔王でも気付きますしね」


 俺がそう言ったら、トラルザードがあからさまに嫌な顔をした。

 消滅する二、三の国の中に自国が入っているかもしれないと考えたのだろう。


 そういえば、この国は隣り合っているんだよな。

 長い眠りに入る前のメルヴィスにさんざんやられているんだよな。


 なんか、この国。消滅しそうになってきた。

 知り合いもできたし、いい国だったのに……。


「ゴーラン!?」

「あっ、声に出ていました」

 それはしまった。決して、悪意があったわけではないのだが。


 見て分かるほどに震えだしたトラルザードの背中をメラルダがさすっている。

 さすが魔王と将軍。阿吽の呼吸だな。


「それでゴーランよ。我からも聞きたいことがあるのじゃ」

 これまで黙っていたメラルダ将軍が尋ねてきた。

 というか、トラルザードが黙ってしまった。


「何ですか? あまり詳しいことは分かりませんけど」


「メルヴィス様は、今後どうされるおつもりじゃ? それによって、魔界が大きく動くことにもなりかねん」


 そうだよな。小魔王と言われていても、本当は大魔王なのだ。

 見た目は子供、身体は大人みたいなもの。これからの動向が気になるようだ。


「俺にも予想がつきません。ただ、メルヴィス様はヤマト様を探すことを諦めていないので、何か手がかりがあったら、飛んでいくのではないでしょうか」


 もし動くとしたら、小覇王ヤマトの行方を捜すことになるだろう。

 もしくはその手がかりの捜索。


 俺に同じ命令をしているので、これは間違いないと思う。

「なるほど……それは予想つかんな。予想がつかないと言うことは、こっちも不用意に動けん」

 メラルダ将軍も困った顔で笑った。


「反対に俺が聞きたいんですけど、この国はいまどんな感じなんです?」

 城までの道中で聞いた限りだと、魔王リーガードとの戦いは継続中。


 しかも国境付近で大きな戦いがあったという話も流れていた。


「国境で両軍が睨み合っておる。戦いの規模こそ大きくなったが、いつも通りの戦闘じゃ。しばらく戦ったら引くじゃろう」


 メラルダ将軍はあっけらかんと言った。

「そんな感じなんですね」


 多くの兵が戦い、多くの兵が死ぬ。

 それでも「いつものこと」と言われるくらい長い間、戦っているらしい。


「でしたら、俺たちは戦争に巻き込まれないうちに、国に戻ることにします」

 さすがに魔王リーガード軍との戦いに巻き込まれたくない。


 俺がそう告げると、トラルザードもメラルダも頷いてくれた。

 ただ、戦禍がここまでやってくることもないので、それほど気にしなくてよいらしい。




○ワイルドハント ネヒョル


「あれ? 何か飛んでいる?」

 遠くに飛翔する物体を見つけて、ネヒョルが声をあげた。


「斥候でしょう。近くに軍がいるかもしれません」

 それに応えたのは、副官のレグラス。


 いまネヒョルたちワイルドハントの一行は、魔王リーガード領から魔王トラルザード領へ移動中である。


「……確認がとれました。ネヒョル様、あれはリーガード軍の斥候です。周辺を探っています」

 しばらくして、飛行型の種族がこちらにも近づいてきた。


 空を舞っているのは十数体。いずれも同じ種族に見える。


「動かないでやり過ごそうか」

「畏まりました」


 闇走族の特殊技能『共隠れ』が有効なうちは、見つかることはない。

 だが集団で移動すれば砂埃が舞うし、食事をすれば炊煙があがる。


 草をかき分ければ音がするし、踏みしめられた草はその痕跡を残してしまう。

 つまり、見つからないからと言って、完全に安心できるわけではないのだ。


 ネヒョルたちは、物音ひとつたてずにその場でしばらく待機した。



「……去ったかな?」

「はい、おそらく別の場所を見に行ったのでしょう」


 ネヒョルは頭を掻いた。

「やりにくいなー、もう。いっそ潰しちゃおうか」


「これより先にも飛行型の斥候がおります。ここで数体落としたとしても、すぐに見つかってしまうかと」

「そっかー、そうだよね……あっ、また来た」


 ネヒョルたちが見上げると、一際大きな種族が悠然と空を舞っていた。


「サンダーバード族ですね。上位種族です。斥候任務を負うような種族ではないはずですが……」

「あれが周辺の索敵に出てくるってことは、向こうにいるのは魔王軍の本陣じゃないの?」


「まさか本陣がこんなところに……いや、ありえますね。魔王リーガード本人か、側近が兵を率いているのかもしれません」


 こんな外れにとレグラスは最初思ったが、魔王リーガードとその部下たちは飛行型の種族である。


 難所であろうが、空を飛べば同じ。

 多くの兵が行動できないような場所だからこそ、いる可能性はある。


「リーガード本人がいたら、襲っちゃう?」

「いえ、ネヒョル様。それはさすがに……」


 城を急襲するのとは、訳が違う。

 戦場の軍を急襲……しかも魔王軍本陣を襲うには、この戦力では心許ない。


「そっか……じゃ、当初の予定通り国境を抜けよう」


 戦争さえ始まっていなければ、こんな場所、簡単に移動できた。

 そう考えると、つい移動速度が上がってしまう。


 いまの国境は、両軍が目を光らせている。

 そこをワイルドハントの面々が通過していく。



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