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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第8章 屠所の羊編
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「……ヒマだ」


 家に帰って二日目。はやくも暇をもてあましはじめた。

「こんなワーカーホリックじゃなかったはずなんだが」


 おかしい。前世では、道場と家の往復くらいしかしてこなかった。

 いわゆる無趣味人間だ。


 オーガ族に生まれ変わった後でも、俺は平凡に生きてきた。

 たった二日でソワソワし出すことはなかった。


「このところ、毎日が濃すぎたからか?」

 原因を考えてみるが、それしか思い浮かばない。


 身体が戦場に馴染んでしまったのだろうか。

「そういえば、ベトナム戦争帰りの米兵が同じ症状に見舞われたと聞いたことがある」


 PTSDによる精神疾患だけでなく自殺者が増えたとか、テレビで特集をやっていたのを見たことがある。

 こうして自分の内に向ける者もいれば、退屈な日常に違和感を抱いて、スリルのある日常を求め始めた者も出たとか。


 平和なのはいいことだと思う。

 だが俺の場合、刺激がないと我慢できなくなっているらしい。まさか自分の身に起こるとは。


「他の村の見回りにいくか」


 本当はもう少し惰眠をむさぼってもいいのだが、明日か明後日には我慢できなくなる。

 人間だった頃と違って身体は頑丈にできているし、無理も利く。


「骨休めも必要だが、少し動いた方が疲れも早く抜ける」

 言い訳くさいが、そういうことにしとこう。


 俺は旅支度を調えて、翌朝早くに家を出た。




「この村は静かなものですわ」

 家を出て四日後、二つ目の村に到着した。


 最初の村は歩いて半日という距離だったので、すぐに済んだ。

 ついでにと数日やっかいになった。


 そして二つ目の村だが、ここはかなり山奥にある。山の中腹を切り開いた感じだ。

 立地ゆえか、他の村との交流もほとんどない。


 村の中を見て回ると分かるが、俺の村以上に時間が止まっている。

 家などは、朽ちた木を取り替えて住み続けている感じだ。風情があっていいと言うべきか、もう少し何とかしたらどうなんだと苦言を呈するべきか。


「何か足りないものはないか? あれば届けさせるぞ」

 村の代表にそう言うと、「大丈夫です」とだけ。本当に大丈夫なのか?


 この村は、自給自足のような生活を送っている。

 ほとんどが村内で揃えられるので、行商人もやってこない。


 かなり原始的な生活だが、怪我や病気に強いオーガ族は、これくらいで音を上げたりしない。

「二、三日村にいるから、何か思い出したら言ってくれ」


 現状に満足しているようなので、あえて押し売りめいたことも言わなかった。


 ちなみに魔界のあちこちを見て回って分かったが、脳筋種族の生活レベルはどこも低い。

 大きな町に行くと知性的な種族が多く住んでいて、その差は歴然としている。

 町は西洋中世くらいには発展している。


 反対にオーガ族のような脳筋種族たちは、平安時代の農村みたいな雰囲気だ。

 平安時代の農村を見たことはないが、それはイメージとしてだ。


 服? 隠せりゃいいだろ。

 飯? 食えりゃいいんだよ。

 こんな感じだ。


 どこも優雅とはほど遠い無骨な生活が見て取れた。

 現代日本を知っている身としては、「ここは何とかしたい」「あれを改良したい」と思うこともある。


 やっても結局もとに戻りそうな気がするので、口を出さない事にしている。


 二つ目の村では、俺に手合わせを挑んできた者がいたので、軽く転がしておいた。コロコロ。


 下克上を狙ってきたわけではなく、稽古をつけて欲しいという意味合いだったので、怪我ひとつさせていない。というか、俺も手加減の練習をした。


 こうして考えると、サイファやベッカは最初から規格外だったのだと分かる。

 手合わせ中に「あっ、殺っちゃったかな」と思うときがあっても、起き上がって来るのだ。


 そのせいで段々と俺も手加減を忘れるようになってきていた。

「オーガ族の基準を馬鹿兄妹から戻しておいて良かったな」

 一撃で頭蓋が陥没したり、土手っ腹に大穴が空いたりしなくてよかった。


「じゃ、また寄るからな」

 俺は二つ目の村を出て、次の村へ向かった。


 今回は、前回の逆ルートを辿っているので、少しだけ新鮮だ。

 暇ができたら、こうして村を訪問して回るのもいいなと思い始めている。


「……ということは俺、町に住めないな」

 気付いてしまった。

 俺が町に住んだら、退屈で死んでしまうかもしれない。


 それと村の方が落ちつく。

 最近では戦場が一番落ちつくのだが、それは認めない。

 認めたら、何か大事なものが壊れてしまう気がする。




「これはゴーランさま。我が村にようこそおいで下さいました」

 高齢のオーガ族が出迎えてくれた。


「元気みたいだな、グイニダ」

「ええ、周りからはいつまで生きているのかと文句を言われておりますわ」


「長生きするオーガ族は珍しいからな。そういうこと言うやつには、悔しかったら長生きしてみろと言い返してやれ」


「なるほど、そうですな。次からはそうするとしましょう」


 グイニダは七十歳越えのオーガ族だ。

 グイニダほど長生きするオーガ族は珍しい。


 だいたい戦場で散ったり、狩りで負った傷がもとで死んだりする。

 オーガ族は頑丈だが、それに輪をかけてがさつ(・・・)だからしょうがないのだ。


「村に変わりはないか?」

「ええ、静かなものです。……そういえば」


「ん? 何かあったか?」

「最近、洞窟のラミア族と交易をはじめました。よろしかったでしょうか」


「ほう。別に構わないぞ。何を取り引きしているんだ?」


 ラミア族は水辺の洞窟に暮らしている。

 水を飲みに来る動物を狩ったり、魚を捕ったりできる。


 服は水草に自分の髪を編み込んだりしているはずだ。

 オーガ族とはまた違った意味で自給自足が可能な種族だったりする。


「この村からは主に鉄器を渡しております。それと木工品なども少し」

 どこのオーガ族の村にも窯があり、原始的な方法で鉄を抽出している。


「なるほど、ラミア族は湿地帯に生きるからな」

「そうなのです。反対にわしらは薬などを得ております」


「赤いネズミ退治のときもそうだったが、あの種族はよく物を知っているな。俺は交易を止めたりしないから、好きにしたらいい」

「はい、ありがとうございます」


 薬か。水草の中には薬効のあるものも存在している。

 ラミア族は巨体になりがちで俺のイメージだと戦闘種族だが、繊細な作業にも向いているらしい。


「俺も顔を出してみるか」

 そういえば、最近はご無沙汰だった。



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