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「帰ったどぉー!」
村に入るな否や、俺はそう叫んだ。
といっても、出迎えはない。そういう連中じゃないのだ。
恥ずかしい独り言だが、誰も聞いていないので、別に構わない。
俺は人っ子ひとりいない村の道を歩く。
「あれ? ゴーラン。どうしただ?」
少し歩いたら、村のばあさんに出会った。第一村人発見だ。
発見もなにも、俺の村なんだが。
「戦争が終わったんで帰ってきたんだ。元気だったか? 村の様子はどうだ?」
「いつもと変わらんよ」
「そうか。そりゃ良かった」
こんな辺鄙なところにあるオーガ族の村など、だれも気にしない。
たまに行商人がやってくる以外は、時間が止まったかのような村だ。
道を歩くと、二人、三人と村人にすれ違う。
どの村人も同じ反応だ。だから俺は、誰にでも同じ受け答えをする。
俺はゆっくりと歩いて我が家に向かい、家の中に入った。
「ただいま」
そう告げたが応えはない。
ともに戦った連中が村に戻るのは、もう少しかかる。
小魔王メルヴィスとの面会が終わり、ファルネーゼ将軍から軍の解散を申し渡された。
部下を連れて村に帰ろうとしたところ、奴らはいなかった。
連中は、軍の規定にともなった褒美を貰っていた。
俺が目を覚ましたときは貰ったあとで、遊びに出かけてしまっていたのだ。
どうりで会えないわけだ。しょうがないので、リグにだけは会った。
そこで深海竜の太刀と六角棍を返してもらった。
リグにいろいろ話を聞いたところ、オーガ族の多くは繁華街へ繰り出していることが分かった。
酒を飲みに行った先で馬鹿騒ぎをはじめて、大暴れして捕まったという話も聞いた。
「うん、平常通りだな」
常日頃からヒャッハーやっている連中に酒が入れば、殴り合いになるのは当然の流れだ。
戦場ならばまだしも、町中でそれをやれば捕まる。
リグに聞いたら「引き取りにですか? いえ、行ってません」と素っ気なく言われた。
日常茶飯事過ぎるので、牢で反省させた方がよいらしい。
さすがリグと、思わず呻ってしまった。
そういうわけで馬鹿騒ぎしている連中を置いて、俺はとっとと村に帰ってきたのだ。
ちなみにリグを含めた非戦闘員や、死神族の一部はついてこようとしたが、連中が不安なので、行動を共にするよう伝えておいた。
俺は村の様子が気になっていたので直帰したが、別にリグたちがそれに付き合う必要はない。
連中の監視という名目で、遊んでもいいのだ。
一応それっぽいことを匂わせたら、「目を離すと何をしでかすのか不安ですので、気が休まるときはないです」と、悟ったことを言っていた。
死神族のペイニーなどは「全員が本気で暴れたら、止められる人は限られてますよね」と恐ろしいことを呟いていた。
大丈夫だよな。死神族だけで止められるよな?
連中もそこまで馬鹿じゃ……不安だ。考えないことにしよう。
ちなみに俺への報酬だが、いろいろあった。
これまでの分をまとめてくれたような気がする。
まず、軍内で出世した。ファルネーゼ将軍の副官待遇だ。
これまで独立部隊の部隊長だったのに、一気にジャンプアップした感じだ。
将軍の副官になったことで、軍団長にも命令できるようになった。こっちの方が位が上なのだ。
将軍不在時には、全権を任されることもある。
副官の場合、部下は持ってもいいし、持たなくてもいい。
フェリシアのように完全事務職の副官もいる。
だが俺に期待されているのはそういった方面ではない。
将軍が軍を再編成するいま、俺への配慮もしてくれるだろう。
それなりの数の兵を任されると思う。
あと、勝手に部下を増やしてもいい。その辺は自由だ。
そのかわり、戦場では死なない義務を負う。
俺が戦場で一番の上役だった場合、俺が死んだ瞬間に、軍が瓦解する。
軍事方面で活動する副官には、死ににくい人材を据えるのが普通。
いいのか、俺で。結構死にかけているんだが。
他の褒美だと……町をひとつ貰った。
といってもまだ正式には貰っていないが。
ネヒョルが以前治めていた町になると思う。
いまあの町は将軍預かりになっているので、そのまま下げ渡される形になりそうだ。
正式に町を貰った場合、そこの住民はみな俺の支配下に入る。
支配のオーブによる支配なので、俺が町の人数分強化されるというわけだ。
町を治めるのは自分でやってもいいし、代理の者を置いてもいい。
というか、面倒なので代理任せにするつもりだ。
この村を含めて、俺が持っているいくつかの村も代理の者が治めている。
支配のオーブで繋がっているので、離反、反抗することがないのが楽だ。
別に下克上を仕掛けてきてもいいのだが、オーガ族の村内で俺に刃向かう者は皆無……馬鹿兄妹がいたか。
あれは例外として、他は箸の上げ下げひとつ、俺に従う姿勢を見せている。
俺は町の統治に興味ないし、くれるというなら貰っておくかなという気分だ。
他に褒美といえば……立派な武具や金銀のたぐいを貰った。
これらは目録で渡されたが、面倒なのでリグに預けてきた。
あとで俺から部下に与えればいいのだ。
こういう即物的なものは、気前よく部下に与える上官と、与えない上官がいるらしい。
当然、直接褒美を与える、与えないで、兵の士気も違ってくる。
俺の部隊は戦えるだけで満足しそうだが、あって困るものでもあるまい。
リグに任せて放出してしまおう。
俺が貰った褒美は、地位と町と財宝の三つ。
他にも価値としては劣るが、めずらしい酒や大量の食糧を荷駄ごと貰った。
「そういえば、厩舎を作らないとな」
馬ごとくれたので、村に常駐させることにする。
そうすれば緊急時に馬が使えるので便利だ。
「各村に数頭ずつ配備しておくか」
馬がいれば、緊急時の連絡だけでなく物資の運搬にも使える。
オーガ族の馬鹿力で運んでもいいが、荷駄で運んだ方がいいに決まっている。
まあ、急にすべて整えられないので、ゆっくりとやればいい。
なにしろここは、時間が止まった村なのだから。
「よし、釣りにでもいくか」
家に帰ってきたものの、することがない。
いや一杯あるんだが、する気になれない。
帰った日ぐらい、羽を伸ばしたところで誰も文句はいうまい。
というか、普段から俺に文句を言える者がいない……はずだけど、結構雑に扱われているよな、俺。
そんなことを考えつつ、俺は釣り竿を掴んで家を出た。




