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○小魔王メルヴィスの城 ファルネーゼ
軍をまとめて城まで戻ってきた。
今回の出兵は大成功。キョウカが死んだのだ。
懸案だった北方もこれで静かになる。
だが、ファルネーゼの顔は渋い。
(さて、どう報告するか)
首尾良く目的を達したものの、よく分かっていないことが多すぎる。
「確証がありませんが、部下が斃したようです」
そう報告するのが正しい選択だが、果たしてそれでいいのだろうか。
(ゴーランが気を失ってなければな……)
そこが悔やまれる。
一向にゴーランは目を覚ます素振りはない。
ゴーランに何があったのか聞くという目論見は、脆くも崩れ去ってしまった。
嘘やごまかしを告げるくらいならば、分かっている部分だけ報告した方がいい。
ファルネーゼは部下から上がってきた報告しか知らない。
もしかすると敵本陣で仲間割れがあったのかもしれないし、ゴーランが他の離反者と協力して斃したのかも知れない。
もしくは、ゴーランが到着したときにはもう、キョウカは斃された後だったということもある。
昨今の魔界は、何がおきても不思議では無い。
秘かにキョウカを狙う者がいてもおかしくないのだ。
(仕方ない……分からないと正直に話すか)
ファルネーゼは重い足取りを引きずりつつ、メルヴィスがいるであろう玉座の間へ向かった。
「……すると、その者は斃したのか?」
メルヴィスの声が重く響く。
「分かりません。戦いに向かわせたのはたしかですが、到底斃せるはずもなく……かといって、状況からそうとしか思えないと、報告を受けております」
なんと間抜けな報告だろうか。
自分で言っていて情けない。そうファルネーゼは思った。
「して、そのゴーランは以前話に出た者か?」
「はい。オーガ族から進化した者にございます」
「ふむ……」
「…………」
メルヴィスの沈黙が痛い。
ファルネーゼは、身を小さくして待っている。
どれだけ時間が経っただろうか。
ずっと考え込んでいたメルヴィスが「なるほど」と小さく呟いた。
「はい?」
何か聞き漏らしたのかとファルネーゼが顔をあげると、メルヴィスがおもむろに立ち上がった。
「その者のもとへ案内せい」
「ッ!! は、はいっ!」
歩き出すメルヴィスに、ファルネーゼは遅れないよう小走りで付いていった。
驚いたのは、城内で働いている者たちであろう。
メルヴィスが闊歩しているのである。
みな働く腕をとめて、膝を折る。
メルヴィスがその前を去ると、みな戦々恐々とした目で、二人の後ろ姿を追っている。
「救護室といったな」
「その通りです」
メルヴィスが救護室へ入ると、全員が目を見開き、直後、一斉にひれ伏した。
全員「まさか」という顔をしている。
メルヴィスは彼らを一顧だにせず、一際大きな男の前に向かった。
「魔素量からすると、これだな」
「そうです」
寝ているのはゴーランである。いまだ目覚める気配はない。
メルヴィスが来たことで、怪我人含めて、全員が救護室から退散してしまった。
ガランとした室内でメルヴィスは「おるか」と呟いた。
「いるよ」
「いるよ」
「陛下のそばにいるの」
「陛下の近くにいるの」
声がすれども姿は見えない。ジッケとマニーである。
「今から潜る」
「分かった。潜るんだって」
「分かった。潜るみたいだね」
「じゃあ、近づいたのがいたら、殺っちゃおうっか」
「殺っちゃおう、殺っちゃおう」
メルヴィスはゴーランの胸に手を当て、小さく『夢幻の理』と呟いた。
○??? ゴーラン
「おい、またかよ」
後ろからかけられた声に振り返ると、『オレ』がいた。
「よう、オレ。また会えたな」
『俺』が嬉しそうに呟くと、「そうだな」と『オレ』も返す。
「ここはどこだ?」
「さあ。つか、最後の方、覚えてるか?」
「もちろんだとも。よくキョウカを斃したな」
「ああ、オレが使える技はあれくらいしかないからな。直前で思い出せてよかったぜ。それと教えてくれて助かった」
「助かったのは俺も一緒だ。キョウカと戦う前に魔素を空にしてしまって、済まなかったな」
「斃せたんだからいいじゃねえか。それよりここは前と同じなのか? みたところ、同じっぽいが」
「そうだな。支配のオーブの中だと思うが、まだ二度目だし確証がない」
「んじゃ、前と同じ場所ってことでいいだろ。出口はどこだ?」
「……出口を探すのもいいが、少し話をしたいんだが、いいか?」
「おう、いいぜ。酒とつまみはねえのがいただけないが、もう一度ゆっくり話してみたかったんだ」
「それは俺も同じだ。なにしろ……ッ!? なんだこれは?」
「恐ろしいまでの魔素量だな。だれだ? というか、どこにいる?」
おかしい。ここは支配のオーブ内ではなかったのか?
俺たちとは違う存在がたしかにいる。しかも強大すぎて、どこにいるか見当がつかない。
「逃げないと見つかるぞ!」
「逃げるって、どこへだ? そこら中にいるような気配がするぞ」
不穏な気配は、どこへ行ってもつきまとっている気がした。
逃げられないなら、いっそ迎撃するか。
俺がそんなことを考えていると、「オレ」の方も同じ気持ちらしい。
足を止めて、虚空を凝視した。
「やるか?」
「やらないでか」
「だよな」
「ああ、俺とオレがかかれば、怖いものなんてないだろ」
俺たちは不敵に笑った。息がピッタリだ。
身構えた俺たちの前に現れたのは、一人の老人。
といっても背が高い。そして眼光が鋭い。極めつけは……。
「あり得ないほどの魔素を濃縮したこの感じ……てめえ、何者だ?」
オレの叫びに、そいつは首を傾げた。
「なぜ二人いる?」
「んだと!」
「よせ、行くな!」
腕を掴んで止めた。近くで見て分かった。これはヤバい。
魔王トラルザードと相対したときに感じた絶望感がここでも襲ってきた。
といっても、このままでは戦うにしろ、逃げるにしろ位置が拙い。いっそ左右に開いて仕掛けるか?
ただ、それだけで奴を倒せるとは思えない。
ドンキホーテは風車に竜を見て立ち向かったというが、傍からみたら、俺たちも同じなんじゃないか? これは敵対していい存在なのか? 戦うのは無謀過ぎないか?
「おい、なんだその鎖は?」
オレが指差したのは、老人の手首。俺も気になったが、ファッションかと思った。
老人の腕にはぶっとい鎖が巻き付けてあったのだ。
「これが見えるのか?」
「見えないのか?」
逆に俺は聞いた。そんなデッカいのを見落とす馬鹿はいない。
ということは、普段は見えないようにしているとか。
「どちらがゴーランだ?」
俺の質問には答えず、反対に聞いてきた。
「どっちもゴーランだぜ、へへっ」
「そうだな、どちらかと聞かれたら、そう答えるしかないだろ」
俺とオレの息はピッタリだ。
俺たちは二人でゴーラン。それでいいじゃないか。
「……ふむ」
老人が考え込む素振りをみせた。
今のうちに逃げるか戦うかしたいが、どちらも成功するとは思えない。
というか、こいつは何者だ?
ここは俺たちの支配のオーブ内じゃないのか?
どうしてここに入ってこられる?
オレが目で「殺るか?」と聞いてきた。
俺は首を横に振った。
相手が無防備に目線を切っているのは、俺たちの攻撃が脅威にならないからだ。
仕掛ければ容易に反撃し得るだろう。待っているのは、俺たちの死。
「魂がふたつあり、そのどちらもがゴーラン。そしてこの鎖が見えると……」
独り言か? 俺たちに話しかけているわけではなさそうだ。
「……おもしろいな。覗いてみるものだ」
「何ひとりで、ぺちゃくってやがる。てめえは誰だって聞いてんだ!」
オレが喰ってかかりそうになるのを必死に留めていたので、反応が遅れた。
老人はいつの間にか俺たちの方を見ていた。
眼光が前に増して鋭くなっている。
魔眼――そう直感したが、身体が動かなくなっていた。
やられた。警戒しておくべきだった。
もはや指一本だって動かせやしない。
オレも同じらしい。ふたりして蛇に睨まれた蛙状態だ。
そんな俺たちを眺めながら、老人は言った。
「名か? 私の名はメルヴィスだ。知っておろう」
もちろんだ。俺は頷こうとして、金縛りにあっているのを思い出した。
これが、魔界最凶とまで言われた小魔王メルヴィスとの邂逅だった。




