026
「やあ、久しぶり。ボクに話があるってことだけど、なに?」
俺はすぐにネヒョル軍団長に会いにいった。
俺の住んでいる村からはそれほど離れていないのが幸いだ。
狭い国だし、同じ軍団なのだから、当たり前かもしれないが。
「相談がありまして、寄らせてもらいました」
軍団長の顔色を窺う。
表情からはなにも読み取れないが、取り次いでくれた部下たちは一様に緊張していた。
「相談? ゴーランから相談ね。ふうん」
「意外ですか?」
「そうだね。下克上でもしにきたのかと思っちゃったよ」
あっけらかんと言われたが、目がマジだった。
俺ってそんなキャラだと思われている?
「ご冗談を……いまのままじゃ勝てる気がしませんね」
俺がおれに変わったところで、負けは確定だろう。
このまま器を広げていったら分からないが、戦いはなにも魔素量だけで決まるものではない。
バンパイア族が持つ特殊技能を俺は知らない。
その中に魔法がどのくらいあるかで、勝率がずいぶん違ってくると思う。
とにかくオーガ族は魔法に弱いのだから。
「いまのままじゃ……ね。じゃ、何の相談かな?」
「先日、俺のところに配下希望の者たちが来まして、その件で相談したいと思いまして」
「配下希望の者たちというと、複数だよね。……というかさ、ゴーランはもっとリラックスして喋ろうよ。部隊長どうしだともっとくだけているよね」
「それはまあそうですが、これは俺の性格ですね。気にしないでください」
口調はサラリーマン時代の影響だ。いや、それよりも学生時代か? 俺の通っていた学校は教師に対して偉そうな口をたたくと、えらい目にあったから。
「まあいいや。それで相談の詳しい内容を教えてくれるかな?」
「はい。話を持ち込んできたのは、死神族なのですが……」
俺は彼らが小魔王ファーラに追われてきたこと、どこも受け入れてくれる国がないこと、一族すべて受け入れてほしいことなどを話した。
「なんでまた新米部隊長のゴーランのところに来たのかな」
「さて、それは聞いてないですね」
そういえばなんでだろう。あまり深く考えなかった。
タイミング的には、俺ではなく前の部隊長へ話を持ってきたようだが。
「ねえ、ゴーラン。魔界の現状は理解している?」
「そうですね、聞いた話がほとんどですが、天穴が現れて、魔界の勢力図が各地で塗り替えられていることくらいならば」
そのせいで、今までずっと静かに暮らせていたこの国も戦火に巻き込まれてしまった。
「そうだね。じゃ、この国周辺の事情は?」
「ここに来るまでに仕入れておきました。東にある二つの大魔王の国が勢力拡大をはかっているようですね。危機感を抱いた小魔王ファーラと、小魔王レニノスが近くの国を取り込んでいると」
「よく理解しているね。その通りだよ。もう少し付け加えると、西の魔王国もまた動き出している。このあたりは魔王国に囲まれていて、領土を広げにくい土地柄であったのと、大魔王国と魔王国どうしがいがみ合わないための緩衝地帯でもあったんだ」
この辺の勢力図をしっかり理解している人は少ないらしく、ネヒョル軍団長は、「ゴーランなら話したら理解するかもね」といいつつ説明してくれた。
魔王ギドマンと魔王ジャニウスは仲が良く、同盟を組んでいる。
反対に魔王ジャニウスと魔王トラルザードは昔から仲が悪く協力しあうことがない。
魔王トラルザードは魔王リーガードと近しいので同盟を組むならばそちらが有力。
この四人の魔王がもし力を合わせると、大魔王とて危ない。
そんな力関係のもと、魔王ジャニウスと魔王トラルザードの領地は、小魔王の緩衝地帯があるおかげで、大魔王ダールムの領地と接していない。
一度ぶつかれば大規模戦争になるのは必至だが、小魔王国群のおかげでそれはなかった。
だが今回の争乱でそれもどうなるか分からない。
「逆にそれを見越して小魔王国群を攻め取ろうとするかもしれませんね」
「やっぱりゴーランは分かっているね。そう、問題は小魔王国どうしの争いじゃないんだよね。小魔王国はいま決断を迫られているわけ。分かる?」
「魔王につくか、大魔王につくか。それとも小魔王国を併呑して強くなるか……ですか?」
「そう。小魔王ファーラはいま北に勢力を伸ばしている。これは小魔王レニノスとの決戦から逃げたと思っている人がいるけど、そうじゃないんだ」
「より多くの力を溜めて小魔王レニノスを食うんですね」
「そう。ファーラもレニノスもそれぞれ二つの小魔王国を飲み込んだ。ここまでは互角だ。ファーラは北に六つある小魔王国を飲み込む予定だね。レニノスは南に向かうしかないから……」
「俺たちの国を含めて五つしかありませんね」
そうすると、レニノスはファーラに負ける。
小魔王ファーラはそれだけの国を飲み込めば、支配の石版に書かれた名前がひとつ挙がるだろう。
――魔王ファーラの誕生である。
「……で、ゴーランはさ。そんなファーラに敵視されている死神族を引き受けたいの?」
この段階で軍団長は、とても大きな爆弾を落としてきた。




