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○小魔王キョウカの本陣 オーガ族
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
キョウカ軍本陣に突撃したオーガ族、死神族、ヴァンパイア族の三種族は、当初の勢いのまま、蹂躙を繰り返していた。
「殺っちまえ-!」
「殺っちまえ-!」
「殺っちまえ-!」
無人の野を行くかのごとく、縦横無尽につき進む。
その姿はまさに、傍らに人、無きが如しである。
彼らが快進撃を続けられたのは、ファルネーゼ率いる特攻部隊の存在があったからこそである。
ファルネーゼ、副官のアタラスシア、さらにヴァンパイア族の精鋭たちは、空から本陣を急襲している。
将軍職が長いファルネーゼは、陣を構築するときのクセをよく知っていた。
監視がどこを見張るのか熟知していたし、重要な施設をどう配置するのかも頭の中に入っていた。
空から侵入すれば、すぐに見つかる。
それをかいくぐることができたのは、この経験によるものが大きい。
ファルネーゼが懸念していた最大の障害は小魔王キョウカの存在である。
もし何らかの理由でゴーランがキョウカと出会えず、他の者と戦闘になっていたり、部下のいるところでキョウカと戦った場合、作戦は完全に失敗していただろう。
なにしろ、ファルネーゼたちは知らなかったが、キョウカのもとにはネヒョルもいたのである。
実際にはキョウカとネヒョルには会っていない。
それどころか、強者の一人であったバルザスをゴーランが倒しているため、これもいない。
ファルネーゼとしては理想の状況で強襲できたことになる。
そのせいでゴーランは魔素を使い切ってしまったのだが。
またなぜかファルネーゼが降り立ったとき、やはり強者のひとりであるモウガがひっくり返っていた。
天幕の荒れようからここで戦闘が行われたことが分かるため、ファルネーゼはゴーランが暴れたのだと解釈した。
その考えは間違っていない。
ゴーランが、キョウカを使って暴れたのだから。
ファルネーゼたちはまず集団でモウガを下し、後からやってきた強者を一人倒したところで脱出している。
作戦は成功だと判断したのである。
離脱するとき、ファルネーゼは部下にこう話している。
「これでキョウカは怒り狂って、やってくるかもしれない。帰ったらすぐに防備を整えて、迎え撃つぞ!」
念のためにと、帰還路は往路と別のコースを辿った。
ゆえに山の向こうで行われていた戦いを見ていない。
右翼の一部がこちらに向かってきていることを、ファルネーゼは知らなかった。
まさかファルネーゼも「被害を最小限にするような戦い方をせよ」と命令したのに、敵を撃破し、あまつさえ敗走する敵を追って進軍しているとは思わない。
なんにせよ、互いに関知しないところで予想外の行動がおこっていた。
そのこともあって、キョウカの本陣ではいまだ事態が終息していない。
「ぶっ殺せ-!」
「ぶっとばせー!」
「お前の命は俺のもの」
「俺の命は俺のもの」
「敵のくせに生意気だー!」
敵本陣でヒャッハーしていたオーガ族たちが、「ん? なんかおかしいぞ」と思い始めたのは、本陣を襲撃して少したった頃だった。
妙に敵兵が多いのである。
本陣の防護壁を守っていたバルザスが死に、敗走した兵に交じって突撃を仕掛けたため、ほぼ無傷で侵入できた。
予想外の行動にキョウカ軍も混乱し、本陣には非戦闘員もいたことから、オーガ族たちの無双は続いた。
指示を出すはずのキョウカやモウガが、ゴーランやファルネーゼと戦っていて、事態を収拾させる者が不在であった。
逃げ惑う非戦闘員と、それをおいかけるオーガ族の群れ。
この時点で、混乱に拍車がかかっていた。
だが数でいえば、本陣内にいた兵は圧倒的。
好き勝手に散らばったオーガ族は、それぞれが敵兵の中で孤立するようになっていた。
通常ならば、はたと気付いて撤退するところである。
だが脳筋オーガ族はそんなことはしない。
彼らだって普段ならば、ちゃんと考えられる。普段ならば。
「見渡す限り、敵だらけだぁ!」
「よりどりみどりじゃねーか!」
いまは普段ではない。
状況に気付いたオーガ族の面々は、嬉々として敵集団に突っ込んでいったのである。
ある意味、無謀。
ある意味、勇者。
それはもう自殺と変わらない。
オーガ族は敵の圧倒的な兵力差に鏖殺され、すべて散った……かに見えた。
「キョウカ陛下、討ち死に!」
「モウガ将軍、敗死!」
そんな叫びが轟き、何度も陣内にこだました。
ゴーランがキョウカと戦った姿を見た者は、陣内でもごく少数だった。
というよりも、ゴーランを見た者が少ない。
また、空から急襲したファルネーゼにいたっては、ほとんど目に触れられていない。
サイファとベッカたちが奥へ奥へと進んだときなぎ倒した天幕によって、モウガやキョウカの死体が兵たちの目に触れることとなった。
兵たちは考えた。あれを倒したのは誰だろうかと。
大多数の兵は、起こった事実を知らない。
ゆえにオーガ族の敵襲と上官の死を結びつけたのは、当然の流れだった。
つまり、本陣を襲ってきた敵の中に、小魔王や将軍を倒せる者たちがいる。
その事実に行き着いて、本陣はパニックに陥った。
「終わりだぁぁぁあああああ!」
「逃げろぉおおおおおお!」
このあたり、魔界の住人は正直である。
弱者がいくら群れたところで、強者に勝てるわけがない。
生まれたばかりの仔猫をどれだけ集めれば、虎に勝てるだろうか。
そういう次元の話である。
本陣を襲った恐慌状態は、たやすくすべての兵に伝播した。
結果、めいめいが武器を捨てて逃げ出した。
魔界ではよくある光景である。
「ヒャッハー、待て、待てぇ!」
それをオーガ族が殺していく。
つい先ほどまで全滅する気配をみせていたことなど、微塵も感じさせない勢いで、追撃を仕掛けていった。
本陣を捨てたキョウカ軍は、オーガ族の群れに狩られ放題となったのである。
のちに軍師フェリシアは、この戦いを『番狂わせの喜劇』と呼んだ。




