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魔法が効かないと理解したキョウカは、オレに突っ込んできた。
無茶撃ちした魔法弾は、少なくとも百発を越える。
周囲はかなりの被害が出ている。
それもこれも、すべてキョウカの魔法弾によるものだ。オレは悪くない。
キョウカは破壊した本陣や魔法弾によって死んだ兵たちに視線を送ることもしない。
ただオレを倒すためだけに集中している。
魔法から肉弾戦に切り替える判断が速いのはいい。
殴り合いもイケる口というのが素晴らしい。
だったらオレもそれ相応のもてなしをしよ……
――ガッ!
魔素を足に溜めて近づこうとしたら……ぶん殴られた。接近が見えなかった。
オレは激しく吹っ飛ばされ、集まった兵をなぎ倒しながら転がった。
「スマンな」
オレの下敷きになって、痙攣している兵に形ばかりの謝罪をする。
手足があらぬ方向に曲がっているが、一応死んではいない。
運良く魔法弾から生き延びたのに、不幸なことだ。
どうやら身体能力を上げる技は、オレよりキョウカの方が得意らしい。生きた年月の差か。
口からしたたり落ちる血を舐めとる。
「魔法だけじゃないってのは嬉しいぜ」
今度はちゃんとオレの方から向かっていく。
やられたからにはしっかりとお返しをしないといけない。
キョウカの腹を殴り、衝撃で顔が近づいたのでそこをぶん……殴ろうとしたら、ネヒョルに横っ面を殴られた。
マジ痛い。
「ねえ、ゴーラン。僕もいるってことを忘れてない?」
竜鱗の鎧に自慢の爪が弾かれたことを根に持っているのか、ネヒョルも肉弾戦を仕掛けてきた。
真横に接近されたのに気付かなかった。これはネヒョルの特殊技能だろう。
そういえば、以前も一瞬で移動されたことがあった。
オレの身体は「竜鱗の鎧」で守られているし、背中に「吸魔鉄の盾」を回してある。
そもそも進化したことで、かなり頑丈になった。
以前に比べて防御力は格段に上がっているのだ。
加えて、オレが出てきたときに魔素を全身に巡らせてある。
オレの魔素量に耐えられるように強化したのだ。
それでも痛撃を与えてくるキョウカとネヒョル。
やはり小魔王の中でも、上位に君臨する者たちは違う。
「だからこそ楽しいじゃねえか」
オレはもっと強く、もっと激しく魔素を身体に巡らせた。
「フハハ……フハハハハハッ!」
気がついたら笑っていた。
殴り合いをしていたんだが、記憶が少し飛んでいる。
あまりに殴られ過ぎたことで、頭から抜けたらしい。
それでも休みなく手は動いている。
殴られたら殴り返す。
左の拳はとうに砕けているらしく、殴るたびにグシャグシャと音が鳴る。
拳、肘、膝、足の裏。使えるものは何でも使ってキョウカを追い詰める。
さあ続きといこうじゃないか。
オレは手数で負けない。
殴られたら殴られただけ殴り返す。
それだけじゃない。一発でも多く返している。
威力で負けない。
受けた衝撃以上を相手に与えてやる。
どれだけの痛打だろうと、より力を込めて相手に与える。
気合いで負けない。
下がらない。前進あるのみ。
絶対に下がってなんかやらない。
オレとキョウカの戦いは、オレが鎧込みの装備をもってしても互角。
ネヒョルが加わると、不利は否めない。
被弾は倍になり、さすがに死にかけることが多くなった。
「ははははははっ!」
だからこそ笑いが止まらない。
気分が高揚して痛みはどこかに飛んでいってしまった。
たまに記憶が飛ぶし、どこかで骨の折れる音が聞こえたりもする。
だが、オレは笑いが止まらない。
「ねえ、ちょっと、僕は頭脳派なんだけど」
最初に音を上げたのは、ネヒョルだった。
裏でコソコソ画策するのが得意なネヒョルは、『ガチ』の殴り合いに辟易したようだ。
そしてキョウカもまた、手数が減ってきている。
ここは本陣とはいえ、いまは戦争中。
魔素を使い果たすわけにはいかないと気付いたのだろう。
冷静になった証拠だ。
通常ならば加勢しようと部下がやってくるはずだが、それらが一向に姿を現さないのが不思議なのだろう。
『俺』の魔素はスッカラカンで、回復していない。
『オレ』もまた魔素が空になりつつある。
俺に比べて、オレの魔素はかなり多いが、それでもキョウカには届かない。
先に枯渇するのはオレの方だろう。
「やぁ~めた。僕はもういいや。ゴーラン、硬すぎ」
ネヒョルが離れた。
相変わらず笑い声を上げながら拳を振り上げるオレに、嫌気がさしたようだ。
なぜか知らないが、笑い声が止まらない。さっきから笑いっぱなしだ。
この戦いがいつまでも続けばいい。
これだけ殴っても殴り返してくれる奴なんて、貴重だ。
「ふははははははっ」
顔面に一発いいのをもらってのけぞった。
天を仰いで大笑いしていると、視界の端に何かが映った。
飛翔する一団が見えた。距離はやや離れている。
飛び去った方角は、山の向こう。
ファルネーゼ将軍とその部下が『目的を達して』、脱出したのだと分かった。
「はははは」
キョウカを殴り返し、数歩よろけさせた。
「どうすんの?」
一気に熱が冷めた。冷静になれたともいう。
枯渇寸前の魔素、敵本陣のど真ん中、目の前には敵の大将。
そんでもって、置いてかれたオレ。




