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オレの手の中には、シマシマの尻尾。もちろんキョウカのだ。
「途中でちぎれるとは軟弱な」
肝心のキョウカは、陣の奥へ吹っ飛んでいった。
これは記念に貰っておこう。
ネヒョルを見ると、身体についたホコリを払っていた。
キョウカを武器にしこたま殴ってやったので、顔が怒っている。いい気味だ。
「ここまでやったんだから、覚悟はできているんだよね、ゴーラン」
ネヒョルも一、二度ハデに吹っ飛ばしたんだが、ダメージはなさそうだ。
「おもしれえじゃねえか、エセガキ。やれるもんなら、やってみな」
尻尾をクルクルと回転させて挑発すると、「今日は絶対に殺すからね」と凄んできた。
「お子様に殺されるほどヤワじゃねえぜ」
尻尾を弄びつつ、オレの方から間合いを詰めた。
この尻尾いいな。暇つぶしにちょうどいい。
ヴァンパイア族のネヒョルと戦ってきて、分かったことがある。
ネヒョルの肉体強度は大したことはない。
オーガ族のときでさえ、武器があれば傷つけられた。
肉体の強さとしては、そこらの中位種族並だとオレは思っている。
ただし、再生能力は別。特上位クラス。
灰からでも蘇るんじゃないかと思うほど、しぶとい。
消滅するまでと考えると、タフな戦いになりそうだ。
目の端で、モウガが起き上がってくるのが見えた。
そういえばさっき、キョウカを使って吹っ飛ばしていたっけ。
あっちはあれだな。見た目相応。
「じゃあゴーラン。本気で行くからね」
「ご託はいいから、来い!」
ネヒョルが爪を伸ばした。いつの間にか、牙も伸びている。
そういえば、ネヒョルの特殊技能って、全部知らない。
そんなことを考えていたら、あらぬ方向から巨大な魔法弾が飛んできた。
「うおえっ!?」
慌てて避ける。
ネヒョルも避けていた。飛んできたのは二十発くらいか。
深紫色の魔力の弾で、そこから雷が発生しているのがみえた。
当たるとショックを受けそうだった。
魔法弾が放たれた方角からやってきたのはキョウカ。
本気で怒っている。身体が朱に染まっている。
しかも身体が膨張している。筋肉が増えたのか、パンパンだ。
「…………」
キョウカは無言でこっちを睨んでいる。
なんの動作もなく十を越える魔法弾が出現した。さっきより大きい。
「やばっ!!」
オレはネヒョルを抱えて逃げ出した。
「ちょっ、なんで僕を抱えるのさ」
横抱きにしたネヒョルが抗議の声をあげる。
そこから攻撃してこないあたり、余裕がありそうだ。
「うるせえ、黙ってろ!」
背中から迫る魔法弾を右に左に避けながら、陣の中を走り回る。
爆音が轟き、天幕が吹っ飛ぶ。見境いなしだ。
突然、地面が抉れて足下が崩れた。
「――ッ!!」
両足に魔素を流していたオレでも対処できなかった。足場が急になくなったのだ。
ネヒョルを放り出し、その場で一回転して着地する。
「なんだよ、いまのは」
消滅魔法か? ずいぶんと物騒な魔法だぞ。
「それより僕を連れて逃げる必要ないじゃないか」
ネヒョルの言い分はわかるが、あの場に残しておくわけにはいかなかったのだ。
オレとキョウカの戦い。
そろそろファルネーゼの知ることとなっているはず。
あの場にネヒョルがいたら、「おもしろそうだから」でファルネーゼの邪魔をするかもしれない。
まあ理由はどうあれ、オレが逃がしたくなかったんだが。
「いいじゃねえか。これで両方とも相手できそうだ」
怒れるキョウカと積年の恨みが積もったネヒョル。
同時に戦えるなんて、楽しいコトになりそうだ。
キョウカは俺が予想した通り、魔法を使うタイプらしい。
といっても魔法特化型ではなく、肉体派と半々くらい。
この二対一の場面だが、オレの方は武器を預けたまま。
本来なら泣いて謝って、許しを請う場面だが。
「楽しくなりそうだな」
オレは笑みを浮かべずにはいられなかった。
キョウカは先手を譲りたくないらしい。
魔法弾を無茶苦茶に放ってくる。
五十発かそれ以上。
避けられるような数じゃない。
背負っていた吸魔鉄の盾をかざして、やり過ごす。
盾に何発も当たるのが分かる。
衝撃は伝わってくるが、うまく吸収してくれているようだ。
「へえ、その盾。なにか特殊な効果があると思ったけど、魔法を吸収しちゃうんだ」
耳元でネヒョルの声が聞こえた。
ゾクッと鳥肌が立った。いつ来た?
ネヒョルから逃げることは敵わない。前から魔法弾が雨のごとくやってきやがる。
慌てて身をよじったら、背中に衝撃が来た。
竜燐の鎧がネヒョルの爪を弾いたようだ。
「あれれ? これも特殊品なの?」
驚愕の気配が伝わってくる。
オレは馬のように、後ろに蹴りをいれた。
ネヒョルが吹っ飛び、オレは振り返る。
「日頃の行いがいいからな。武器や防具が寄ってくるんだよ!」
入手のいきさつは忘れたが、たぶん合ってる。
少しして魔法弾が止んだ。
魔法では倒せないと分かったのか、キョウカがやってくる。
そこでオレはふと気付いた。
キョウカの股の間から尻尾が揺れていた。
「もう生えたのか」
あまりにあっさり切れたし、あの尻尾は自分で切ったのかもしれない。
オレが力任せに振り回したから、脱出のために尻尾を諦めたとか。
いま怒り心頭なのは、その屈辱ゆえか。だったら……。
「オイ、コラッ。オレの手元にあるコレと、新しく生えたそれ。何本に増えるか、試してみないか?」
オレの挑発に、キョウカはおもしろいように乗ってきた。
憤怒の形相で、突進してきたのだ。




