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○小魔王メルヴィスの国 メルヴィス
ファルネーゼがキョウカ討伐に出発し、南方に行っていたダルダロスが城に戻ってきた頃。
「出かける」
メルヴィスはそう言うなり、玉座から立ち上がった。
慌てたのはダルダロスである。
つい数日前、ダルダロスは帰還の挨拶をしたばかりである。
このあと、メルヴィスが寝ていた間の話をしなければならないと思っていたところだった。
忠実に留守を守ってきたダルダロスは、いかに簡潔にこれまでの出来事を伝えようかと、ずっと頭を悩ませていたのだ。
「メルヴィス様……どちらへ?」
またどこかの小魔王国でも滅ぼしに行くのだろうか。
ダルダロスがそんなことを考えていると、「ダールムのところだ」とだけ。
「ダ、ダールム大魔王様……ですか」
なるほどとダルダロスは納得するものの、一気に背筋が寒くなった。
大魔王ダールム。竜種の大魔王である。
そしてメルヴィスが長い眠りに就く前から色々と問題のあった国でもある。
「ダルダロスよ」
「はっ!!」
「後は任せた」
「委細承知しました!」
何があってもこの城を守る。
ダルダロスがそう決意する横で……。
「行っちゃった」
「行っちゃったね」
「つまんない」
「つまんない」
「これで遊ぼうか」
「これで遊ぼう」
エターナルインビジブル族のジッケとマニーがそんな声を上げた。
「こいつらも復活したのか」と、ダルダロスは心底嫌そうな顔をした。
この後、メルヴィスの城でジッケとマニーはダルダロスと戦うことになる。
ダルダロスが守ると決めた城の被害は……それなりに大きかった。
「久し振りだな」
「おまえっ、メルヴィスか!?」
「ふむ、この城の構造は変わっておらんな」
「なにを冷静に評しておるのだ。百年ぶりに驚いたぞ」
大魔王ダールムのもとを訪れたメルヴィスは、室内の装飾品を見て「このへんは入れ替わっておるのか」と呟いた。
「お前が暴れ回ったときに壊れたからな。それも四百年前か」
「もうそんなに経つのか?」
「寝ていた者には分からんだろ。最後に会ったのは戦場であるというのに、なぜ堂々とやってこれる? そもそも城の見張りはどうした?」
「上からきた」
その言葉だけでダールムは全てを察した。
空が暗くなるほどの高度から城まで一直線にやってきたのである。
本来、城の周りには多くの部下が監視し、決して入り込める隙などない。
だが、メルヴィスにかかればそんなもの、あってないようなものらしい。
「……それで、いにしえの大魔王様は、何をしにここへ?」
メルヴィスが眠りに入った噂が周辺諸国を駆け巡ったとき、ダールムは信じなかった。
メルヴィスの非常識さを知っているダールムとしては、天界の攻撃を受けたときの傷で云々というのは、あまりに眉唾過ぎたのである。
いにしえの時代から生きてきた大魔王は、同じ大魔王であるダールムをもってしても、萎縮せざるを得ない存在なのだから。
「我と相対して萎縮せずに話せる者は貴重であるからな」
「買いかぶりすぎだ……と伝えておこう」
内心ビクビクのダールムだったが、口だけではそう言えた。
もしこの二人の会話を余人が見ていたら、とても奇妙な感想を得たかもしれない。
魔界にたった二人しか存在しない大魔王であるダールムが、相手を立てるかのごとき様相を呈しているのである。
しかもその相手が小魔王となれば、「なぜ?」と疑問に思うこと必至である。
「私が眠っていた間、天界についての情報が知りたい」
そうメルヴィスが言うと、ダールムはしばらく口を開かなかった。
メルヴィスは続けていう。
「相変わらず、部下に堕天族を招き入れておるのだろう。口をねじ切られない内に話せ」
堕天族とは、天界の住人が魔素に染まった者のことである。
自らの意志で堕天した者と、実験などで魔素を体内に取り込んでしまい、堕天せざるを得なかった者もいる。
通常、実験で魔素を取り込んでしまった天界の住民は死を選ぶ。
だが、「生きたい」と願った者は、魔素を身体に馴染ませ、生き長らえさせることができる。
これは不可逆な行程であり、一度堕天した者は、もう二度と天界に戻ることはできない。
魔界で生きていくしかないのである。
「……敵わんな」
ダールムは大きく息を吐き出し、「何が知りたい」と尋ねた。
「天界で何が起こった? 大きな勢力争いがあったはずだ。天界の地図を書き換えるような。それを知りたい」
「堕天した者から聞いた話はすべて覚えている。話せば、長くなりすぎるぞ」
「ヘラの魂を見た」
「ヘラ……お前、冥界に行ったのか?」
「そうだ。ヤマト様を探す手がかりを得に……それと魂の浄化で私にかけられた呪を消し去るつもりだった」
「そこにヘラがいたのか……ということは、ヘラは死んだ? だがお前の話だと、ヘラは輪廻解脱の研究を完成させたはずだ。なのになぜ魂が冥界にある?」
「それは私にも分からん。だがあれは紛れもなくヘラの魂だった。あと数百年もすれば自我も洗い流され、別の魂として転生しよう。それはいい。問題はヘラを誰が殺したのか。そしてどうやって魂を冥界に送ったのかだな」
「その下手人が天界にいるのではないかと思ったわけか」
「そうだ。ヘラは自らの魂を完結させ、その上でゼウスを追っていた。それがなぜ、冥界で魂のみになってたゆたっている? 天界で何があった?」
メルヴィスの言葉にダールムは呻った。
ヘラは魔界で言えば大魔王ダールムや大魔王ビバシニのような存在である。天界の至高と呼ばれるとも聞いた。
「信じられん話だが、本当にヘラは死んだようだな」
「それで天界は?」
「天界はいま、ある意味魔界以上に混沌としているかもしれん」
ダールムはそう前置きした上で、語りはじめた。




