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小魔王キョウカの陣幕内には、ぱっと見た感じで二十名ほどがいた。
どれもが上位種族と思われるくらいの魔素を有している。
一際魔素量が多いのが正面にいる男? いや女? 全体的にフォルムが丸いので女だと思う。
位置的にもあれがキョウカだろう。
虎っぽい顔に、黒い翼をもった種族だ。背が高い。
直立歩行していることから、虎人系の最上位種と思われる。
魔素量の割りに身体の線が細いことを考えると、魔法を使うタイプなのだろう。
「あっれ~、ゴーランじゃん」
声の主を探ると……キョウカらしき者の近くに少年っぽいのがいる。
小性ではない。魔素量はキョウカに負けていない。
そして見覚えがある。
「てめえ、ネヒョル!」
瞬間的に俺は腰の六角棍を……と思ったら、ここに来る前に預けたままだ。
背中の深海竜の太刀もだ。
鎧は着ているがそれだけ。
激昂した頭が冷えた。
無手で殴りかかるわけにはいかない。
「追われて軍から逃げ出してきたのって、ゴーランだったの?」
モウガの部下が報告に来たはずなので、内容を聞いたのだろう。
ネヒョルは「ふーん、そっか-」とひとりで納得し始めた。
「知っているのか?」
キョウカがネヒョルに尋ねる。キョウカがちょっとがに股になった。女でいいんだよな。
ネヒョルの身長がキョウカの太ももまでしかなく、大人と幼子くらいに身長差があるのが原因か。
「ゴーランは、以前僕の部下だったんだよね。今は敵?」
「そうだな。ちとこっちに来いや。動かなくなるまで殴ってやるぞ」
「……って感じの元部下なんだけど、会う度に喧嘩を売られたことしか記憶にないかな。いっつも戦いを挑まれている感じ?」
「コイツは上官と戦うのが趣味なのか?」
キョウカが俺の方をチラ見している。
難儀な部下は要らないと、顔に出ている。
俺だってそんな狂犬みたいな部下は欲しくない。扱いにくくてしょうがない。
ただ、一言いわせてもらうなら、俺は誰彼構わず戦いを挑んだりしない。
「でも強いことは確かなんだよね。なにしろ僕を真っ二つに斬るくらいだし」
「なんだと!?」
それほどか……とキョウカが驚く。
「縦裂きになっても、くっつけてどっかに逃げていきやがったけどな」
あのときはもったいないことをした。止めを刺しておけばよかったのだ。
「あれでね、僕の計画がかなり遅れたんだよ。文句があるのはこっちなんだからね!」
怒っているらしい。
ネヒョルの言う計画とは、新米魔王を作り出してそれを自分が討つことだろう。
ヴァンパイア族が進化するのに魔王の持つ支配のオーブが必要だと、メルヴィスが言ったらしい。
今までのネヒョルの行動からも、それが正しいことが分かる。
だがそれをここで言うのは、ネヒョルを警戒させるだけだ。
もしネヒョルがこの場を脱した場合、今以上に潜り、暗躍し出すだろう。それは避けたい。
「なんだか知らねえが、コソコソと動きやがって。頭にきているのはこっちだ」
俺はネヒョルの企みを知らないはず。だからそう伝えてみる。
さて、ここで改めて考えてみる。
目の前には、ネヒョルとキョウカがいる。俺はどうしよう。
心情的にはネヒョルをぶち殺したい。
それはもう、このまま殴りかかってやりたいくらいだ。
だが、俺の一時の感情だけで、作戦を台無しにするのは拙い。
俺とネヒョルが戦っている間に、キョウカがフリーになるのはとても拙い。
ネヒョルとの戦闘音を聞きつけて、勘違いしたファルネーゼ将軍たちがやってきたら台無しだ。
ということは、当初の予定通りキョウカとの一騎打ちを挑むのがいい。
魔界の住人は強さをとても大事にする。
一騎打ちを挑んだ者に複数で攻撃するようなことはしない。
それで勝っても「一人では勝てなかった弱い奴」というレッテルを張られてしまう。
上に立つ者にとってそれは致命傷だ。
強さこそ正義の魔界において、強さを示せない奴にだれがついていくだろうか。
いま俺がキョウカに下克上を仕掛ければ、キョウカは受けざるを得ない。
だが、もう二度とネヒョルと会えないかもしれないし、奴の企みをここで潰したい。心底潰したい。
……困った。
俺がそんなことをウダウダと考えているうちに、ネヒョルとキョウカが話をしていた。
「進化前はオーガ族だっただと!?」
「そうだよ。しかも、そのとき僕は、一度負けているんだよね。お互いに本気じゃなかったんだけど、それでも手首と腕を斬り落とされたのには参ったな」
「オーガ族といえば、ただの肉壁だぞ。なんでそれがヴァンパイア族と対等に戦える?」
キョウカが驚きすぎて、さらにがに股になっている。
股の間から黄色と黒の尻尾が垂れていた。やはり虎が主体の種族であるらしい。
しかし本当にどうしようか。
このままキョウカと一騎打ちすべきかどうなのか。
何かいい方法はないだろうか。
俺は雑談を続けている二人を見ながら考えた。
となりでモウガが俺を凝視している。
ときおり「元はオーガ族だと……まさか」などと小声で呟いている。
モウガもいることだし、やっぱりキョウカと戦うべきだろうか。
幸いなことにこの天幕は、目隠しされた上に広い。戦いながら逃げるのにも最適だ。
(仕方ない。キョウカと戦うか)
俺はキョウカに近寄り、一騎打ちを申し込……もうとしたら、ユラユラと揺れている尻尾に目がいった。同時にある考えが浮かんだ。
――同時に相手をしたらよくね?
ネヒョルとキョウカ。
片方を相手にしようとするから悩むのだ。
もう片方がフリーにするのが嫌ならば、二体同時に戦えばいい。
「完璧じゃないか」
「ん? どうしたの、ゴーラン?」
無邪気に聞いてくるネヒョルに、俺は笑った。




