024
なるほど。これは根の深い問題だ。
死神族は、この前戦ったレイス族と同じ悪霊種に属する。
死神族の方が種族としてより上位であり、レイスと違って実体を持っている。
もちろん幽体にもなれる。いまは地面に足をつけているが、空中に漂うこともできたはずだ。
上位腫族であればあるほど、この魔界では我を通しやすくなる。
そんな勝ち組にいるはずの死神族だが、魔界の一部の地域で迫害されている。
特殊技能の中で、やたらとピーキーな〈一撃死〉が使えるためだ。
「あれの成功率はかなり低いと聞いたことがあるが、魔王相手だと一パーセントもないだろう?」
「はい。その十分の一ほどかと思います」
「千回に一回成功する程度か。ほとんどありえない数字だな」
かつて、死神族の集団が魔王を倒したことがある。
といっても、下克上ではない。だまし討ちのようなものだ。
〈一撃死〉が使える大勢の死神が集まって、魔王に使用したのだ。
どのくらいの死神が集まったかは知らない。
死神が魔王に群がり、次々と〈一撃死〉を使用してそのどれかが成功した。
魔界は絶えず混沌としていて、そこかしこで争いが勃発しては収束する。
ここは昔からずっと戦乱の時代だ。それでも、戦い方というものがある。
ただ相手を殺せばいいというものではない。
「運が良かったのか悪かったのか……いえ、きっと運が悪かったのでしょう」
ルマは伏し目がちにそう言った。
なまじ上位の種族であったために、魔王相手でも成功してしまったのが悲劇の始まりか。
「殺された魔王というのがただのクソで、圧政に耐えかねたとも噂されているが」
「よくご存じで。国を引き継ぐ意志があったわけではなく、ただ魔王を殺したいだけ。それがいけなかったのでしょうね」
俺が生まれるずっと前の話だ。たしか四、五十年ほど昔だったと思う。
「国はいくつかの小魔王と独立勢力に別れたんだっけか」
「はい。当時の将軍のひとりがファーラです」
「あー」
そりゃ許すはずがない。
死神が自分の国をめちゃくちゃにしたのだから。
そもそも、確率こそ極端に低いものの、力量差を無視して一発で殺せる特殊技能は、危険視されるものだ。
この話を聞くだけで、死神を引き受ける国がないのがよく分かる。
「この三ヶ月間、どこにいたんだ?」
「一度西へ逃げてから、小魔王レニノスの国に入りました。ですがそこでは受け入れてくれませんでしたので、そのまま南下して、この国に入ったのです」
「支配のオーブの影響を受けていないのは目立つからな。苦労しただろ」
ルマは小さく頷いた。
国がなくなった場合、新しくどこかの国に所属し、その支配を受け入れればいい。
だが、だれの支配を受けない選択もできる。
支配のオーブがどこにもつながっていない根無し草を選択するわけだ。
ルマたち死神族の場合はその逆で、どこにも受け入れてもらえなかった。
俺の目からみると、過去の死神族の選択が間違っていたのであって、ルマたちが迫害されるいわれはないように思える。
それを小魔王ファーラに言ったところで意味がないのだろうが。
「……話は分かった」
この死神族、各地を放浪し、相当苦労してここまできたようだ。
それだけでも受け入れたいと思うが、問題がいくつかある。
ひとつは先ほどルマが言っていた小魔王ファーラのこと。
ここに死神がいることが分かれば、それを理由に攻め込んでくるかもしれない。
いま俺たちは小魔王レニノスの国と争っている。
これに加えて小魔王ファーラの国とも争えば、間違いなく消滅する。
もうひとつは、この国の問題。
小魔王メルヴィスが現在眠っているために、国の防衛は甚だ心許ない。
国の方針は、三人いる将軍が合同で行っている。
周辺諸国から排斥されている種族を俺の一存で受け入れていいものなのか判断がつかない。
王が健在ならば、上司を通して伺いを立てるという手が使えるが、三将軍の合議制の場合は判断が難しい。
少なくとも、受け入れるにはどこかの将軍に話を通した方がいい。黙って受け入れて後で問題になると色々拙い。
おそらく……というか、絶対責任追及の矛先がこちらにくる。
「でもなぁ……」
こんな微妙な案件をたとえば俺の一番上の上司ファルネーゼ将軍に話したとする。
将軍がうんと言ったところで、他の二将軍が反対しそうな気がするのだ。
今回の出兵ですら揉めに揉めたらしいし。
「……はぁ」
ため息が出た。
「やはり無理でしょうか」
ルマの声に力が無い。
「一族はどのくらいいるんだ?」
「五百人になります。一族総出で逃げてきましたもので」
「結構な数だな。戦力になるのは嬉しいが、はてさて上司がなんていうかだな……よし、相談しに行ってくる」
俺の心は決まった。彼らを受け入れる。
ただ、勝手に受け入れてしまうと、上司に何をされるかわからない。俺がだ。
最悪俺は殺され、死神族は国を追い出されるなんてことにもなりかねない。
「俺が許可を貰ってくる。数日はかかると思うが、ルマはどうする?」
「でしたら、またその頃に参ります」
「分かった。今日のところはこれまでだな。見つからないように帰れ」
「はい。話を聞いていただいてありがとうございます」
ルマは頭を下げて去っていった。
オーガ族と比べると、死神族は種族的にかなり上位にいる。
俺でもはっきりと差がわかるほど、ルマは魔素を溜め込んでいた。
「俺の三倍……もうちょっと上かな」
肉弾戦と魔法。単純に比べることはできないが、戦ったら負けそうな気がした。
にもかかわらず、ルマは終始下手に出るのを忘れなかった。
まるで俺に下克上で敗れたかのように、従順に振る舞っていた。
それがまた、ルマの一族がおかれた現状をよく物語っているように思えた。