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俺は渾身の作を置いていかざるを得なくなった。
なにしろ、行き先は戦場だ。
さらば、麦わら帽子と浮き輪と魚獲り網よ。
お前たちのことは忘れない。
「リグ、部隊を編成してくれ。すぐにだ」
家に駆け込んだら空だった。
「そうか、まだだよな」
リグは魔王トラルザード領からこっちに向かっている途中のはずだ。
ここにいる訳がない。
「……仕方ない。自分で編成するか」
オーガ族の各村へは、人を出せばいい。
数はどうしようか。あとでサイファたちと合流するから、百もいればいいだろう。
各村二十名ずつと言っておこう。
「おい、この村の連中を何人か集めてくれ」
やってきたオーガ族の連中に、戦いに行くことを告げる。
「この村から二十名連れて行く。他の村も同じだ。面倒だから、先着順で締め切るぞ。戦いたいやつは、俺についてこい」
「「「うぇーっす!」」」
素直な奴らだ。というか、コイツらは深く物事を考えていない。
「戦い? だったら俺も行くぜ」というノリなのだ。
食糧の準備は非戦闘種族に任せるからいいとして、問題は移動だ。
「集合場所は北の町っていうしなぁ……」
行ったことがない。迷わず行けるだろうか。
リグならばすぐに斥候を出して、道中の安全を確保しつつ、ルート選定までやってくれるのだが、いないものはどうしようもない。
「町の場所はだいたい分かるから、それでいくか」
小魔王レニノスとの戦いで、城から北上したことがある。
向かう町はその近くだ。
兵を集めてから、三日経った。
各村から集まった総勢百二十一名のオーガ族たち。ちなみに俺を入れてだ。
連中は荷物と武器だけの簡素な装備だ。戦場へ行くような格好ではない。
それでも扱い方ひとつで、こいつらは化ける。
「ようし、戦いにいくぞ!」
「「ちょぇーっす!!」」
分かっているんだろうか。本当に。
若干不安になりながらも、なるべく大きな道を選んで北上した。
道中、二度ほど道を間違えた。ご愛敬だ。
それと、土砂崩れで通れない道とか、立て札もないのに複数の分かれ道がある辻とか、あいかわらず国内は整備されていない。
それでも歩くこと七日。
俺たちは目的の町グルッカへ到着した。
「すごい数の兵だな」
ファルネーゼ将軍麾下の兵って、こんなにいたのだろうか。
到着の挨拶をしなければならない。
普段ならリグにやらせるんだが、今回は俺の仕事だ。
「将軍直属部隊の長ゴーランだ。オーガ族部隊が到着したと伝えてくれ」
戦闘種族の中で考えると、オーガ族は扱いが難しい部類に入る。
弱いわけではないが、難しい作戦を理解できないのと、状況の変化に対応できないので、使いづらい。
突撃させるか拠点防衛に回せば、力を発揮するが、目的を持たせて自由行動させると、途端に阿呆の集団になる。
今回も恐らく単純な命令のみが与えられるだろう。
「なあ、おい!」
俺は暇そうにしている非戦闘種族のひとりをつかまえた。
メガネザルみたいな外見だが、なんていう種族だろう。
「なんでございましょう?」
「陣に着いたばかりなんだ。最新の状況を教えてくれ」
陣の中を見る限り、怪我をしている者は少ない。
元から怪我をしている者がいることから、前回キョウカ軍と戦った兵たちだと思われる。
「キョウカの軍を発見したところですが、小魔王本人がそこにいるのか不明で、いま調べさせているところです」
「発見した軍ってのは、どのあたりだ」
「目の前の山を越えた場所にあります」
「結構遠いな」
でかい山が聳え立っている。行軍だと山を越えるのに数日かかりそうだ。
「しばらくは状況が動かないということで、陣内は警戒解除されています」
「なるほど、ありがとう。よく分かったよ」
「それでは私はこれで」
もしキョウカの軍がひとつしかないのならば、難しいことはない。
戦って撃破すればいい。
「問題は、単独行動か」
前回、軍同士がぶつかっている間に、少数で城に入り込まれたらしい。
つまりキョウカは、そういう戦いができるやつだ。
軍がそこにあるからといって、気を抜くと大変なことになる可能性もある。
「ファルネーゼ将軍はどうするのかね」
まあ、俺には関係ないけど。
「ゴーラン様でいらっしゃいますか」
「そうだが?」
飛鷲族の若者だ。俺を探しに飛んできたらしい。
「ファルネーゼ将軍がお会いしたいと」
「……? 分かった。すぐにいく」
なんだろ?
キョウカの軍がどう動くかも分からない状況で、オーガ族の配置が決まるとは思えない。
とすると、俺個人に用があるのか?
百人程度の部隊で何かできると考えているとか?
「……フッ、まさかな」
さすがに寡兵すぎる。
サイファやベッカたちもこっちに向かってきているだろうが、それでも二百そこそこ。
何かを成すには少なすぎる。
「ゴーランです。呼ばれたので参上しました……あれ?」
天幕に顔を出した。
天幕にはファルネーゼ将軍しかいなかった。
副官もいなければ、他の軍団長もいない。
「待っていたぞ、ゴーラン」
将軍が椅子を勧めてくる。しかもにこやかに。
「そういえば、用事を思い出しまして……」
「待て、どこへいく。戻ってこい」
チィ。
「ちょっとトイレへ」
「座れ」
「漏れそうなので」
「漏らしてもいい」
「…………」
将軍しかいない天幕。
にこやかに出迎える将軍。
嫌な予感がビンビンだ。
最近、そういう勘が鋭くなった気がする。
まさか百名の部隊で特攻でも仕掛けさせるつもりか?
死ぬぞ。
「ゴーランにやってもらいたい作戦がある」
「……はあ」
あまりに理不尽なものなら、下克上で倒すか。
倒せるかな? 倒せるよな。
……いや、どうかな。将軍の本気って、まだ見たことないし。
「どうした?」
「……いえ、何でもありません。それで作戦とはなんでしょう」
思い出した。いまは、戦い前だった。
キョウカ軍と戦う前に下克上しても、いいことはひとつもない。止めておこう。
下手をすると、軍そのものの面倒を見なくてはならなくなる。
「作戦だが、ゴーラン一人にやってもらいたいんだ」
「俺ひとりですか?」
とすると、偵察?
「本気で攻撃するから本気で逃げてほしい。逃げ込む先は、キョウカ軍だ」
「………………はっ?」
いま、何て言った?
「単独でキョウカ軍の中に入り込み、キョウカに謁見してほしい。そして……あとは分かるな」
小魔王キョウカと、お手玉をして遊ぶのですね、分かります。
「いや、分からねーよ!」
「分からないか? キョウカと一騎打ちをしてほしいんだ」
そっちの分からないじゃねーよ!




