023
祭りの翌日。
俺は家の裏で、日課の訓練をはじめた。
昨夜の力試しは、俺が全員をステージ外へ叩き落として終了した。
力自慢が集まるだけのことはあって、彼らの戦い方は至ってシンプルだ。
俺はそれをいなし、関節をとり、互いに牽制し合う角度で邪魔させつつ、一人ずつステージ外へ落っことしていった。
そのたびに観客は大盛り上がりだ。
あれだけ人数がいてもチームを組まず、連携も取らない。
個々の技量頼みで、力押しばかりだ。
最初の突撃さえいなせれば、あとはルーチンワークでことが足りた。
観客は拍手喝采。俺もなんとか面目を保つことができた。
(それもこれも地道な努力あってのことだよな)
いまは柔軟運動をしている。
いざというとき、身体の柔らかさは勝敗を分けると思っている。
それはつまり、生死を分けることにもつながる。疎かにできない。
柔軟が終わったら一通り武術の型をやって、最後は瞑想だ。
この瞑想で器を広げる。ほんの少しずつだが、これを続けることで取り込める魔素量を増やすことができる。
地道な努力が俺を高みに押しやってくれる。
「そうでもなきゃ、守るべき者たちを悲しませることになるからな」
昨日、空手の足技に少し違和感があった。
下段蹴りの出が少し遅かった。重心が上がっていたのが原因だと思う。
今日は納得がいくまで、それを復習しようと思う。
無心になって数百回も足を振っただろうか。
「やあ、ゴーラン。相変わらず朝から変な踊りをやっているな」
サイフォがやってきた。
この駄兄は、なにかと俺に下克上をしかけてくる。
村に戻った日に転がしたので、まだ本調子でないはずだが、痛めつけが甘かったか?
怪我が完治すると勝負を挑んでくるので、後遺症を残さないよう、かつできるだけ長く怪我が残るような痛めつけ方が必要になったりする。
「もう全快したのか。部隊長になって力が上がったら、手加減を間違えたかもしれないな」
骨の一本でも折っておけば良かった。
「いや、まだ身体は痛むぞ。残念ながら再戦は難しいな」
全然残念じゃないが、では何しに来たのだろうか。
再戦ではないとすると何の用なんだ?
……うん、戦い以外でコイツが来る理由が思い当たらない。
「今朝はやく、オレの所に死神族がやってきたんだ」
「おお、そういえば忘れていた」
「オレんとこにいるけど。連れてこようか?」
「いや俺が行く。向こうもそのつもりだろうし」
祭りの翌日。しかも早朝に来たのはそういうことだ。
いまなら昨日の疲れでみんな寝ている。
それに見かけない者が村の中にいてもあまり気にしない。
よそ者が一番目立たない日だ。
駄兄妹の家は村の外れの方。しかも家族が多いので、家が広い。
俺が行くと、家に入らずに木の陰で背の高い老人が佇んでいた。
かなり痩せている。ガリガリだ。顔をみると骸骨のようだが、これが死神族か。
初めて見たな。
「ルマと申します」
老人は俺に頭をさげた。
「配下に入りたいって聞いたが」
「はい……引き受けていただけるでしょうか」
「話を聞いてからだな。この村に来た経緯すら分かってねえ」
「そうでしたか。ではお話し致しましょう」
きっとサイフォに話したのだろうが、こいつは脳筋だ。覚えてないに違いない。
オーガ族らしいといえばそれまでだが、難しいことをやらせるのは向いてない。
「私どもは小魔王ファーラの国から逃げてきました」
サイフォを遠ざけているので、いまルマと二人っきりだ。
死神族があと何人いるか分からないが、ここではないどこか安全な場所にいるのだろう。
「小魔王ファーラか。たしかいくつかの小魔王を滅ぼしたと聞いているが」
「はい。私どもの王でありました小魔王ルマハムの国も三月前に滅ぼされました。麾下の将軍たちはみな新たな王に仕えることになりましたが、死神族だけは討伐令が出まして……」
「気に食わない種族は屈服させるんじゃなく、滅ぼすとは聞いていたが、やはり本当だったんだな。追っ手を撒いて国外に脱出したわけか」
「はい、その通りでございます」
「しかし、小魔王ファーラ……何を考えているんだ?」
「本人の性格だと聞いております」
「あー」
性格ならしょうがないか。魔界じゃ、そんなものだ。
支配のオーブによる力の増加を考えれば、力の強い配下は多くいた方がいい。
屈服させれば、それらが持っていた力を丸々手に入るので、誰かに下克上を起こされても力関係は覆ったりしない。
通常は、生かして配下にした方が何倍も得なのだ。
だが小魔王ファーラ最近四つの国を滅ぼした。
流れてくる噂では、どの場合でも敵の首魁を許すことをせず、滅ぼしたという。
後先を考えていないのか、それとも自身の力に自信があるのか。
そしてかなりの上位種である死神族の迫害も聞こえてきた。
討伐令が出たということは殺し尽くすつもりだろう。根こそぎだ。
そう判断した理由に俺は心当たりがある。
「ファーラが恐れているのは、〈一撃死〉か?」
「その通りでございます」
これはまたやっかいな問題だ。