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光の柱を叩いてみた。
「……固い」
昔、ダムに使われたコンクリをぶったたいたことがあったが、あんな感触だ。
普通に叩いたのでは、傷ひとつつけることも出来なさそうだ。
魔法を撃ち込んでも同じだろう。俺にはできないが。
すでに聖気の結界ができあがっている。
外から壊すには、それ相応の力が必要だと思う。
「メラルダ将軍はよく壊せたな」
エンラ機関の結界が弱かったわけではなかろう。
メラルダ将軍が変身して特攻したからこそ、壊れたのだと思う。
「もっとも、あれはこれの簡易版なのかもしれないが」
おそらくこの結界は魔王を倒すためのもの。
魔王の攻撃でも壊れない強度のはずだ。
つまり最強の結界。
絶対に壊されない自信があるのだろう。
「くっ……くふふふ」
変な笑いが出た。
今から俺がやるのは手品みたいなものだ。
魔界の住人では絶対にできないこと。天界の住人だって未知のことだろう。
「今日、空から降りてきた奴らは、この前戦った連中と違うようだけどな」
おそらくこいつらはエンラ機関ではない。
揃いの腕章をしていなかったし、俺とも初対面だった。
魔王バロドトを倒した連中と同じか、その対抗勢力ではないかと俺は考えている。
天界でも勢力争いがあるらしいし、魔界の思惑とは別のところで動いている。
俺たちが組織を把握できなくてもしょうがない。
「……まあ、そんなのはどうでもいいんだ」
復讐する相手として、俺の目の前に現れたのが不幸と思ってくれ。
俺は先ほどからじっとしている。
前世でいうところの『気』を練っているのだ。
もちろん転生してからは、『気』を扱ったことはない。
扱えるとも思っていなかったが、似たようなことならばできる。
扱っているのは『気』ではなく魔素だ。
魔素を身体に巡らせているときに、ふと閃いたのだ。
「……これ、使えるんじゃね?」と。
塔にいたとき、どうせすることがなかったので、ずっと気――魔素を練っていた。
その甲斐あって、かなり自由に扱えることができた。
何も身体の中で巡らすだけが、魔素の使い方ではない。
『気』と同じように、直接撃ち込むことができた。
「あれを最初にやったとき、ビビったよな」
塔の柱に撃ち込んでみた。
柱を触って撃ち込んだ。
結果、柱は音を立てずに崩壊した。
しかも、柱の裏側から。
俺の手を離れた魔素が、柱の中を浸透して反対側に達したときに弾けた。
あとでヨルバにひどく怒られた。
大切な柱を一本破壊したのだから、当たり前か。
「……そろそろいいな」
俺は片手を光の柱に添えた。
片手なのは、その方がやりやすいから。
両手から出すのは、まだ俺には難しい。
体内の魔素を一気に撃ち出すイメージで放った。
――音はない
しいて言うならば、「どくん」と出て行った感じだろうか。
光の柱は異常なし。相変わらず聳え立っている。
「だけど、中にいる奴はどうかな」
もともとは、トラルザードとの戦いで使おうと思っていた技だ。
これは直接触れることで、爆発的な魔素を注ぎ込むことができる。
下位や中位の種族に使ったら、注ぎ込んだ魔素によって身体が爆発四散すると思う。
魔素は魔界の住人の力になるが、多すぎても身体が持たない。
それは俺がよく知っている。
なにしろ、「俺」から「オレ」に変わるだけで、身体が悲鳴を上げるのだ。
上位種族ならば、一発は耐えられるだろう。
二発喰らえば昏倒する。
四、五発でやはり爆散するんじゃないかと思う。
吹き出し口を塞いだ圧力鍋を想像してほしい。
それを体内に入れた状態で蓋を取ったようなものだ。無事でいる方が難しい。
「……二発目はどうかな」
「…………ッ」
光の柱の中からかすかに呻きのようなものが聞こえた。
「足らないか。……だったら、どんどんいこうかね」
三発、四発と、俺が体内で魔素を練ったそばから撃ち込んでいく。
「いい感じじゃないか」
苦しんでいる雰囲気が感じられた。
俺の魔素を流し込んでいるせいか、柱の中の様子が分かるのだ。
他人に使ったら、他人の体内の様子も分かるようになるかもしれない。発見だ。
「どんどん行こうぜ」
続けざまにもう三発撃ち込んだ。
結界が明らかに歪んだ。
中で苦しんでいるのが分かる。
「くっふふふ……効いてる効いてる」
一方的にやってきて、好き勝手しやがったんだ。やられる側の気持ちを味わってみるがいいのだ。
俺が限界を迎えるのが先か、勝負だ。
……と意気込んでみたが、あれから二発撃ち込んだら、結界が解けた。
天界の住人はというと……身体を変色させてもがいている。
「……ああ、体内に魔素が入ったからか」
堕天した天界の住人は、みな一様に肌が黒か紺色に変わる。
深緑色というのもあったが、白系統の肌をしている者はいなかった。
どうやら魔素を取り込むことでそうなるらしい。
相当苦しいらしく、地面をのたうち回っている。いい気味だ。
「それで、結界の中はどうなっているんだ?」
天界の住人が三体で作って、維持していた結界だ。
二体だけでは維持はできないだろう。
「どれどれ……」
見ると、結界の中央付近で、天界の住人が驚いた顔をこちらに向けていた。
その前には……
「婆さん、血だらけじゃないか」
満身創痍のトラルザードがいた。




